ゼロ・グラビティのレビュー・感想・評価
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物語は1分あれば説明出来る
設定が面白そうだと思い鑑賞したが、久しぶりにこんなにつまらない映画を観た。
私自身、科学的な知識は乏しいが、宇宙の基礎的な知識くらいはある私が観て有り得ないだろうと思う部分がいくつも有った。
宇宙が非現実的なのは分かっているが、それでも有り得なさすぎて物語に集中できない。その時間空気なくて平気?火そんなに近くて大丈夫?うまいこと生き延びたな…とツッコミが頭の中に湧いてきて騒がしい。
アカデミー賞ノミネートしたり、レビューを書いてる人の評価が高く驚いた。
確かに映像はキレイでリアルでは有ったが"映画"というからには物語ももっと重要視してもらいたいところだ。
心拍音がより臨場感を
90分という尺がとてもあってる。
マットの幻覚を見て自分で決意を決めるシーンとラストの地上で大地を踏み締めるシーンはいいねぇ。
ものすごくハラハラしながら見れた。
入り込めた作品!!
82/100
3Dで見ないと…。
評価が高いので、レンタルで拝見しました。
ストーリーはほぼ皆無、テーマパークのアトラクション位の薄さでした。
映画館のIMAXで見たらドキドキするのかもしれません。
ありえない表現が多く、早い時点で興醒めです。
そして、最後にヒロインが海で泳いだ後、陸で立ち上がったシーンにはナニコレ!と思い、正直なところ時間を返して欲しいと思いました。
洗濯物をたたみながら、拝見しましたが、それでも時間を損した気持ちになりました。
ロングショットの新境地
ヒッチコック『ロープ』からクエンティン・タランティーノ『パルプ・フィクション』に至るまで、映画の迫真性を増長する技法としてロングショットは大きな価値を持ってきた。
それというのもカメラに収められた映像というものは、カメラに収められているという点において現実に起こったできごとだから。リアリティがある、というかリアルそのものなのだ。
それらの映像を事後的に編集することによって「映画」が出来上がるわけだが、編集は多ければ多いほどリアリティが抜けていく。編集というのはある意味で神の手であるから、物語のそこかしこに神の手が見えてしまったら、我々は満足にサスペンスや興奮を感じることができなくなる。
だからこそ編集のないロングショットというものがリアリティという観点において大きな価値を有していたのだと思う。ロングショットの申し子として名高い相米慎二は長回しは否応なく役者の本質を引きずり出す、といったことを言っていたけど、これもまたロングショット=現実の転写という等式を内面化した上での発言だろう。
これらを踏まえた上で本作に立ち返ってみると本当に不思議な気持ちになる。のっけから『黒い罠』を彷彿とさせるようなロングショットで映画が始まって、破片衝突までの様子が描かれる。カメラは文字通りゼログラビティで宇宙空間を彷徨いながら主人公たちの動向を映し出すのだが、あまりにも画角がフワフワ揺れるものだから酔ってしまいそうになる。自分まで宇宙空間に放り出されてしまったかのような錯覚に陥る。
しかし言うまでもなく、この映像はまったくもってリアルの転写などではない。いくらリアリティがあるとはいえ、実際に宇宙で撮影したわけではない。言ってしまえばすべてが事後的な編集の産物だ。にもかかわらずそこには手に汗握るサスペンスと湧き上がるような興奮がある。
現実をそのまま転写する、というロングショットの本質の一つであったはずのものが完全に抜け落ちているというのに、私はこれをロングショット以外の言葉で形容できない。マジでなんなんだ、これは。
『トゥモロー・ワールド』終盤の銃撃戦シーンにも同じようなロングショットがあって、恐ろしい監督だなあと思っていたが、それが本作で大爆発したといったところか。
映像処理技術のめざましい発展によって、もはやロングショット=現実の転写という等式は瓦解しつつある。本作のような非ロングショットなロングショット映画というものはこれから先もどんどん増えていくだろう。
いつまでも「長回しは長けりゃ長いほどいいんだぞう!」みたいな映画史オタク的な妄執に取り憑かれていてはいけないのだなと思った。
アルフォンソ・キュアロンは青春モノから大作シリーズものまで幅広く務めるオールラウンダーだけど、序盤の小気味よくナンセンスな雑談パートは『天国の口、終わりの楽園。』の頃の作風を彷彿とさせた。危険や死と隣り合わせでも軽口がポンポン飛び出すあたりがメキシコの映画監督という感じ。
迫真の演技で終始ドキドキしました。
最近宇宙の話をよく聞くことが増えたので、宇宙映画見ようと思い、実に公開日から8年?近く経ってようやく観る機会が作れた。宇宙空間に放り出される話という認識は持っていて、一体どんな困難が待っているのかと期待して見たら、サンドラ•ブロックの迫真の演技に終始緊張しっぱなしでした。そして、ジョージ•クルーニーの安定感は素敵すぎる。こんな大人の男になりたい!忘れた頃にもう一度見たい!
何とか辿り着いた地球の砂浜で超ローアングルから立ち上がる彼女の姿が、実に格好良い
とても迫力が有るヒロインもののサバイバル映画、そして無重力表現が見事であった。ただただ次次にやって来る困難な状況と格闘する非常にシンプルなストーリー展開で押し通したことに、監督の自信と力量を見せつけられた。
リトル・プリンセスやハリーポッターとアズカバンの囚人で知られるアルフォンソ・キュアロン監督による2013年公開の米英映画。脚本は監督と弟のボナス・キュアロン、撮影はエマニュエル・ルベツキ(リトル・プリンス)、音楽はスティーブン・プライス。配給はワーナー。
出演はサンドラ・ブロック(スピード、オーシャンズ8)、ジョージ・クルーニー。
まあ、何と言っても、主演のサンドラ・ブロックの演技に惹きつけられた。最初は宇宙初心者らしく自信なさげでクルーニーに依存的。そして、一人になってしまう後半に至っては遂に生きる望みも無くす。だが、最後の最後に、地球から聞こえた人間の声を契機に、サバイバルに向けて前向きに闘う姿勢を見せるのが上手かった。そのストーリーも良く出来ていると思わされた。
また、地球に戻れた後も、今度は湖水中から脱出が困難で、水と格闘するのが凄まじい。最後砂浜に辿り着き重力と生還を感じとるサンドラ。超ローアングルから立ち上がる彼女の姿に、共感と賞賛と、格好良さを感じた。
SFの大傑作
今まで観たパニック・サスペンス系のSF映画の中でも、3本指に入る。 多くの賞を受賞しているのは、納得だ。
登場人物は、最初から最後までサンドラブロックとジョージクルーニーの二人だけ。 そのため、宇宙空間での人間の無力さと絶望感が、よりひしひしと伝わってくる。 冒頭はのんびりした宇宙船外活動のシーンから始まるのだが、事故が起こるまでの展開が、あれよあれよという間に進んでいく。 そこから最後までは緊張の連続で、一瞬たりとも目が離せない。
特筆すべきは、その演出にある。
映画の中心に据えられているのは、登場人物の二人よりも、むしろ宇宙空間そのものだ。 最初は、無重力と静寂が心地の良い母体の中のような落ち着きを感じさせてくれるが、 超高速のクラッシュが発生した途端、一気に生命感の無い暗黒が画面を占有していく。 特殊効果による宇宙空間の映像表現が、とにかく凄い。
事故の激しさを演出するための爆発音や、役者の大げさな叫び声などは、一切排除されている。 冷静さを保とうとしながら、やるべき作業について無線で連絡し合う二人の会話だけが緊迫感を高めるのだが、この演出が効いている。
素晴らしい演技でアカデミー主演女優賞を獲ったのは、サンドラブロック。 ジョージクルーニー演じるベテラン宇宙飛行士も、彼にしかやれないはまり役。 ラストシーンは感動的で、特に素晴らしかった。 脚本、演出、撮影、特殊効果、音楽、演技、すべてが噛み合い完成した、傑作中の傑作だ。
物理的にありえない。駄作。
初めての鑑賞
アカデミー賞7部門受賞と聞いていたが、実際に鑑賞してがっかりした
たんなる90分のSFドラマとして見たほうが良い
映像はすごいし、基本的なストーリーは好きだ
主人公のサンドラ・ブロックとジョージ・クルーニーはスペースシャトルの乗組員
船外作業中に飛んできた宇宙ゴミが衝突するというアクシデントが発生し宇宙空間に放り出される
なんとかシャトルに戻るが、シャトルは大破損し、ほかの乗組員は全員死亡
地球への帰還を目指して国際宇宙ステーションISSを目指すが、ISSの乗組員たちは脱出したあとで、残っている地球帰還用のソユーズも破損していた
このストーリーは良いと思う
この段階では評価は☆4くらいと思うが
ありえないことが多すぎる
・作業中止と避難命令が出たのに、主人公が命令を無視し作業を続ける
馬鹿な女が忠告を無視した結果、事件が悪い方向に発展するというのはアメリカ映画でよくあるパターンだが、高レベルの訓練を受けたであろう宇宙飛行士が命令を無視するとは呆れる
・宇宙空間に放り出された主人公を助けに来たジョージ・クルーニーがうるさい
主人公の酸素ボンベはもうすぐ無くなりそう、クルーニーは「酸素を大事にしろ」と言いながらひたすら話しかけ続ける。不安を取り除くとかそういうレベルじゃない。「俺が恰好よすぎて驚いただろ」
「旦那はいるのか?」「家はどこだ?」「この時間みんなは何してる?」と質問攻撃。答えないでいると回答を催促する。酸素がもったいないし、うるさい
・酸素の残りが10%から0%になるのは結構早いのに、0%になってからかなりの時間呼吸できてる
「宇宙服の中にも酸素はある」というが、そんなレベルを超えてる
・いろいろな物に何度も激突するが、なぜか怪我をしないし、宇宙服も壊れない
この映画は西暦何年の設定なんだろ?もしかしてこれは100年先とか未来の物語かもしれない。未来の宇宙服は壊れないのかもね
・ISSに激突した後、ロープでつながってる2人をISSから引き離そうとする力がどこから生まれ、いつまで続くのか謎
ロープがピンと張りつめた後、反動で二人の体はISS側に持っていかれると思うのだが、なぜかならない。しかも静止したのなら主人公が引っ張れば簡単にクルーニーをこちらに引き寄せられるはず。なのにロープを離したチャラ男が何故か遠くへ飛ばされる
のちにソユーズでは反対の力が働く、後でもう一度書く
・無事にISSに入った主人公が突然下着姿になって、セクシーショットを披露
宇宙空間では日向はものすごい高温、日陰は反対にすごく寒いらしいのだが、未来の宇宙服は下着に直接着るらしい。っていうか、なぜ宇宙服を脱いだのか謎
・帰還に向けて発進したソユーズが、絡まったロープが張りつめた反動で機体が持っていかれISSに激突しそうになる(ジョージ・クルーニーと反対の力が働く)
これは正しいと思うが、この力が働くならクルーニーは死ななくてもよかった
他にも書きたいことがあるがもうやめる
宇宙戦艦ヤマト並みの未来の物語にしておけば☆4以上だった
自分の頭がおかしいかもしれないと思い、3回見たが評価は変わらなかった
犠牲になる勇気と生き残ろうとする気力
サンドラブロック扮するライアンストーン博士は、ジョージクルーニー扮するマットコワルスキーとともに宇宙空間で修理にあたっていた。ところがシャトルが衝突により損傷し、はずみでストーン博士が飛ばされ漂流していた。
一人宇宙空間に飛ばされたら酸素は心配だし恐怖に陥りパニックになるだろうな。如何に冷静に対処するかが問題だし、チームメイトとの信頼感も重要だろう。自ら犠牲になる勇気と生き残ろうとする気力も大したものだ。完全にサンドラブロックとジョージクルーニーのふたり芝居だったが、劇場でも面白いと感じた事を思い出した。
ゼロより1Gがいい
地球を背景に作業する。安全な場所からなら、その素晴らしい眺めを満喫できるかも。しかし、宇宙は何があるかわからない。ひとつ間違うと命がなくなる。
そして、想定外のトラブル発生。誰も頼れない、自分の力だけで対応しなければならない。宇宙空間のミッションが初めてのライアンは、ベテラン宇宙飛行士のマットの助けで、どうにか生き残った。彼がリードしてくれれば安心、と思いきや、それも…。万策尽きて諦めたライアンのもとに現れるマット。雨月物語みたい。
宇宙空間で人が息絶えた場合、遺体ってどうなるのかな。無重力の暗闇の中、ずーっと漂うのかな。酸素も雑菌もないと、腐ることもないのかな。ただ乾いていってミイラ化するのだろうか。不謹慎かもしれないけど、つい考えこんでしまった。宇宙飛行士って、そういう覚悟を持って、空へ飛び立つのだろうか。
原題は「Gravity」、日本語タイトルは「ゼロ・グラビティ」、反対の意味なんだなぁ。宇宙にいる間は、無重力を感じるシーンがたくさん。宇宙服を脱いで、船の中で胎児のように丸まって浮いてるところとか、涙が球になってふわふわ漂うところとか、地球上ではありえない。そして、ラスト、ほうほうの体で地球に戻ってこれて、強い重力に立ち上がれず、地上を実感する。まさに原題の通り。地球よ、いつも引きつけてくれて、ありがとう。
NHK BSプレミアムにて。
思考よりも視覚で楽しめ
映画館で、ましてやiMaxなどで観なくてよかった、と思うほどの圧倒的映像。
もし観ていたら絶対に酔っていたと思う。
民間で宇宙旅行が可能となった昨今、宇宙からの映像は手軽かつ鮮明に見られる。
比べても遜色ないどころか、同じにさえ感じられる宇宙や施設、機材の再現度がすごかった。
(スペースシャトルが現役、というところに古さを感じる程度か)
これには当時、みなが腰を抜かしていたこともうなずける。
のみならず全編が無重力設定だ。
ゆえのあの動きとカメラワーク。船内、船外、寄ったり、引いたりはどうやって撮影したのだろう、あまりCGっぽさも感じられず興味は尽きない。
(と思えばメイキングで見る限り演者を装置で吊ったり、回転させた映像へCG加える手順だった。工程は緻密かつ複雑ながら、仕上がりのシンプルさがどうやって撮影したのか不思議に思わせているのだろうな、と思う)
スペースシャトルからISS。ロシアのソユーズから、中国の宇宙ステーションを経て中国の帰還船と、オールスターな構成もサービス満点で見ごたえあり。
細かいところを考えると「それはオカシイ、ムリムリ、なんでやねん」と思わないわけでもないが、
ノンストップの脱出サスペンスと思えば、次々襲い来るアクシデントをかいくぐり、ちぎっては投げ、ちぎっては投げ、
諦めそうになっても奮い立ち、手に汗握るどころか、最後は運を天に任せる潔さで感動さえ与えてくれる本作。
やはり観るのは、それら怒涛のジェットコースター展開の途切れなさであって、
引き立てるスキなき映像もあわせれば、まだまだ十年後だろうと通用しそうな作品だと感じた。
一番引き付けられたのは、たくさんの破片と共に大気圏突入のシーン。
「ファーストマン」なども合わせてみると、あの恐怖がなおさら肉迫、とお勧めしたい。
憧れの無重力と、宇宙空間の恐怖を同時に味わえる。
・・・のだが、どうにもサンドラ・ブロック演じるライアンに、終始苛立つ程の違和感。
現実を直視しない冷静さの無さ、時間という限られた中での行動への躊躇。そこからお約束の様に訪れる危機、そして事故。とても宇宙飛行士として選ばれる資質ではないはず。人間らしいと言えば、人間らしいのだが。
批評はしてみたものの、やはり手に汗握る展開と、これでもかと見せつけられる宇宙空間の美しさ。この為だけでも鑑賞する価値は充分にある。
諦めたら終わりという''無限に広がる空間''。
宇宙船、宇宙服という''閉塞された空間''。
"生きる"という事へ執着する重要性。
そして、それらを含めて全てを悟っているジョージ・クルーニー演じるマット。
登場人物の設定をここまではっきりと明確にしたのは意図があっての事で、そこにどれだけ引き込まれるか。この90分という非常に短い尺の制限の中で、脚本をしっかりまとめるにはこれだけの思い切りも必要と感じる。出来る限り無駄を省き、伝えたい物語をストレートに鑑賞者へ。だからこその2人、表現が出来るこのキャストでもあったのだと思う。
この【ゼロ・グラビティ】で起こる事故の切っ掛けは、やはり人為的なもの。
起こってしまった事への対処、細かな所に気配り、目配りがどれだけ大事か。そこに至るまでの経緯で、どれだけ真摯に取り組んだか。たった一つ見逃した切っ掛けが大きな事故に繋がっていく怖さ。
酸素が必要で、火花が散り、水があり、重力がある。改めて地面で重力を確認、体感して"生"を感じる。前半の悲劇はとりあえず置いておいて、ホッとするラスト。さすがアカデミー賞という演出、映像美。SFというよりは、とにかく宇宙が好きな方は是非。
追記:
2023/02/23 地上波にて吹替版を鑑賞。
改めて観てもライアンの慌てぶりとそそっかしさに苛立ってしまうが、やはり演出がとにかく素晴らしい。再評価★+0.5にして修正。
主人公について
主人公の女がどうも好きになれない。ジョージクルーニーがベルトを外し漂流するシーンも違和感があった。
極め付けは主人公がSTS-175に無事入り、宇宙服を脱いで生を感じる場面、身体の丸め方で胎児=生を連想させるシーンだが、思わず笑ってしまった。ジョージとの別れの悲しさはどこにいったんだ?全く感情移入できない。
そもそも、ここまでパニックに陥る人間が宇宙飛行士試験をパスするのかという疑問が最後まで付き纏う。
映像は綺麗なので見応えあり。
世界観をアピールするための無駄と思えるようなシーンがほとんどないか...
世界観をアピールするための無駄と思えるようなシーンがほとんどないからストレスなくサクッと見れた。
船内での火災は手に汗握るようなドキドキが味わえたが消化器で移動するのは現実的に思えずジワりときた。
重力の恵み
最後のシーンは重力を生物学、神学、哲学的視点から解釈することができて面白い。
生物学的には水中生物から二足歩行までの進化する途中における重力の役目が表現されているし、
神学的には長いあいだ無重力状態であったことの罰として水中で溺れかけた。
哲学的にはエーテル→空気→火→水→地というアリストテレスの5元素が表現され、理想→現実というベクトルが見て取れる。
重力は生物にとってなくてはならない力であることが理解できる。最後に彼女は地球まで引き戻した神秘的な引力へ感謝して終わる。
完全に宇宙
これはすごい、もう完全に宇宙。
闇や浮遊感や絶望感これらが全て詰まっており、冒頭の長回しで一気に宇宙に連れてこられた気持ちになります。
たった二人という登場人物も宇宙の孤独が強く現れていて実にうまい。
まるでワンカットの様な息をつかせぬ展開に、ただ食い入る様に観ていました。
ラストのグラビティを感じる場面まで、本当に息をするのを忘れるような作品でした。
傑作です。
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