「どちらか、または両方が作り話」ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日 うそつきかもめさんの映画レビュー(感想・評価)
どちらか、または両方が作り話
映像、音楽ともに、現在の映画の技術の粋を凝らした最高峰のものと言えるだろう。
それは、総合芸術と言える映画ならではの到達点か。
でも、すべてはストーリーを語るための方便で、アクセントに過ぎない。
限定された舞台で、起きることに説得力を持たせるため、映像があり、音楽がある。
どうしてパイは虎の出てこないお話を語ったのか、そして、どちらの話が真実なのか、それは語るまでもないことなのだろうし、それにて、映画のストーリーに、より深みが増したと言えるだろう。
好みが分かれるでしょうが、私は「アリ」です。
というのは、映画の着地点が、誰もが望む方向に行かないからなのですが、そこはこの監督、さらに斜め上に押し上げてくれる感じです。
長い物語の中に、彼の名目の由来を語るくだりがあります。パイ=うんちというあだ名を嫌った彼は、断じてそんな由来の名前ではないということを強弁するために、パイ=円周率を授業中に黒板に書きだし、果てしなく埋め尽くします。不名誉な名前を避けるために、後付けでくどくどと円周率を暗記したエピソードは、一見するといかにもありそうなお話に聞こえますが、これを作り話と考えればのちのお話しのテイストは一気に変化します。
つまり、ごく自然にウソがつける、もしくは、自分にもウソか本当か分からないほどに記憶が書き換えられている。とすれば、保険会社と、本人の供述が矛盾しても、仕方ない。虎は始めから存在しなかったのだ。彼が生き延びたのは、ボートに乗った他の人の遺体を食いつないだから。彼の内なる虎を飢えさせないための方便が、リチャード・パーカーという幻の虎を生み出したという解釈が成り立つ。そのウソを、より真実に近づけるために彼はベジタリアンとして生きた。
ちなみに、リチャード・パーカーという名前は、かつて実際にあった話で、遭難し、漂流したのちに、奇跡的に発見されたボートに乗っていた船員たちが、体力もなく真っ先に衰弱し、死にかけていた少年を殺して食った犠牲者の名前で、偶然この名前になったとは到底考えられない。
さらに面白いトリビアが、大人のパイ役を演じた俳優が、同じ年に公開された『アメイジング・スパイダーマン2』に出演した時の役名がリチャード・パーカーという、不思議な偶然。主人公のピーター・パーカーのお父さん役なので、初めから決まっていた設定であり、偶然キャスティングされたようです。
2013.1.27