劇場公開日 2012年2月11日

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「ブラックな笑いの中に光る確かな脚本力」タッカーとデイル 史上最悪にツイてないヤツら 緋里阿 純さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0ブラックな笑いの中に光る確かな脚本力

2025年5月6日
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鑑賞方法:VOD

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《プレシディオ公式チャンネル》にて視聴。
【イントロダクション】
休暇で山小屋を訪れた男2人が、大学生グループから殺人鬼と勘違いされ、不運が重なって惨劇へと繋がっていくブラック・コメディ。
出演はタイラー・ラビン、アラン・テュディック、カトリーナ・ボウデン。
監督・脚本はイーライ・クレイグ。その他脚本にモーガン・ユルゲンソン。

【ストーリー】
とある廃墟を訪れた若者達。そこは、数日前に殺人事件があったとされる場所だった。突如、リポーター役の女性が暗闇から襲われ、カメラマン役の男性も殺害される。犯人が地面に落ちたカメラを持ち上げた瞬間、画面には顔の左半分に焼け爛れた傷痕のある男が映った。

田舎者の男2人組のタッカー(アラン・テュディック)とデイル(タイラー・ラビン)は、コツコツ貯めた貯金をはたいて山小屋の別荘を手に入れ、休暇で訪れに向かっていた。同じくキャンプに訪れていた大学生グループは、2人の強面で怪しげな雰囲気から、彼らを訝しむ。互いに途中のガソリンスタンドに立ち寄った際、デイルはタッカーに大学生グループの女性陣に声を掛けるよう後押しされ、挙動不審になりつつ声を掛ける。しかし、大学生グループはその様子からデイルを不審者だと勘違いして、早々に立ち去ってしまう。

気を取り直して山小屋の別荘に辿り着いたタッカー達は、ボロボロで修理こそ必要だが、「ようやく夢の別荘を手に入れられた」と感動し、掃除と修理を始める。
一方、大学生グループはキャンプファイヤーの際、リーダー格のチャド(ジェシー・モス)が20年前にこの山中で起きた大学生グループの惨殺事件について語る。その場の空気に耐えかねた仲間達は、湖に泳ぎに行く。

タッカー達は、夜釣りでボートに乗って湖を訪れていた。湖には大学生グループも訪れており、互いに干渉せずそれぞれが楽しい一時を過ごしていた。そんな中、大学生グループのアリソン(カトリーナ・ボウデン)が泳ぐ準備をしていた際、デイルの声に驚いて湖に落ちてしまう。慌ててアリソンを救助した2人だったが、その様子を遠くから見ていた仲間達は、彼女が殺人鬼に攫われたと勘違いして恐怖から逃げ去ってしまう。

翌朝、山小屋で意識を取り戻したアリソンは、デイルの心優しい性格を理解し、誤解を解いていく。大学生グループはチャドを中心に「アリソンが攫われた」と勘違いし、救出しようとタッカー達の山小屋を襲撃に訪れる。しかし、不運が重なって大学生グループは倒木の枝に串刺しになったり、ウッドチッパーに巻き込まれて上半身が粉砕されたりと、次々と事故死してしまう。

タッカー達は大学生グループの事故死を「集団自殺」と勘違いし、警察に自分達が殺人の容疑に問われる事を恐れ、遺体を処理しようとする。そうしてボタンの掛け違えが重なり、事態はドンドン悪い方向へと加速していく。

【感想】
90分弱というコンパクトな尺の中で、景気の良い残酷描写が次々と炸裂し、テンポ良く話が展開されていく。

作品の根底にある“勘違い”によって事態が悪化していく様子は、現実にも通じる要素であり侮れない。アリソンが語る「現代社会の問題はコミュニケーション不足だ」という主張は本作の本質であり、大学生グループはチャドを中心にまるで物語の主人公であるが如く「自分達は正しい」という思い上がりと、「仲間を攫われた」という被害者意識によって誤った認識を深めていく。その姿はまるで、片方の主張だけを信じて容易に他者を攻撃する現代のネット社会のよう。相手を知ろうとしない姿勢が、悲劇の連鎖に繋がっていくのだ。

タッカーとデイルの運の悪さが面白く、登場人物の殆どが犠牲になっているにも拘らず、実はこの2人は作中誰1人として殺していない。勘違いから次々と自滅していく大学生達を前に、「コイツら集団自殺しようとしてる!」と、更に勘違いが加速していくブラックさが笑える。また、残酷描写の力の入り具合が素晴らしく、かなりグロテスクなはずなのだが、先述した要素がそれを上回り、コメディとして成立させている塩梅が絶妙である。

デイルの自己評価の低さや奥手な性格からくる野獣感が、アリソンの真面目で優しい性格と化学反応を起こし、ホラー版「美女と野獣」とでも言うべき雰囲気を醸し出しているのも魅力だ。

チャドが自ら招いた小屋の爆発により、左の顔面に火傷を負う。それによって、冒頭の若者達が顔に焼け爛れた傷のある殺人鬼に襲われる映像の意味が理解出来るという粋な作りが好印象。クライマックスでのデイルとの死闘の末、彼が祖母から聞かされてきた“20年前の大虐殺事件”についての意外な真相が判明するというのも、くだらなさの中に確かな脚本力が見て取れる。
また、ラストはデールとアリソンのロマンスが結実するという、彼らに感情移入した観客にとっては後味良きハッピーエンドなのだが、冒頭の映像を思い返す事で「殺人鬼は未だ生き残って、犠牲者を増やし続けている」というホラー映画らしい“恐怖”が思い起こされ、あの世界にとってはバッドエンドでもあるという作りも素晴らしい。

【総評】
コンパクトな尺でテンポ良く展開されるストーリー。ブラックな笑いの中にも確かな脚本力とメッセージ性の光る痛快な一作。
出演者やスタッフがその後目立った活躍をしていないのが信じられないくらい、確かな魅力と実力を兼ね備えた名作と言えるだろう。

緋里阿 純
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