劇場公開日 2012年4月7日

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別離(2011) : 映画評論・批評

2012年3月27日更新

2012年4月7日よりBunkamuraル・シネマほかにてロードショー

現代社会の病巣を突く“ヒッチコック・タッチで魅せる「羅生門」”

ひとつの事実。異なる証言。スリリングな語り口。あるたとえが思い浮かんだ。“ヒッチコック・タッチで魅せる「羅生門」”。そんな惹句ならば、この豊穣な傑作へにじり寄ることが出来るだろうか。アスガー・ファルハディ監督の切れ味鮮やかな演出は、イラン独自の社会問題に向き合いながら、前作「彼女が消えた浜辺」以上に普遍性にあふれ、奥の深い心理劇へぐいぐいと引きずり込む。

すべては、因習を逃れ自由を切望する女性の願いから始まった。娘の教育のため国外移住を決意した妻と、病床の父を置き去りにはできないと拒む夫。欧米文化に感化された中流家庭の理想と現実がぶつかり合う。妻に家を出られ残された夫は、父のために介護人を雇う。問題はここからだ。介護の女性は、失業した亭主に隠れて働きに出た敬虔なムスリムだった。格差社会を象徴する2つの家庭が交わるとき、倫理や信条の違いから摩擦が生じる。

生命に関わるトラブルが引き起こされ、裁判沙汰に発展しつつも、映画は真相を伏せて進む。作意なき嘘や秘密によってこんがらがった事態を解きほぐしていくプロセスは、推理小説の手さばきだ。必死に生きるゆえ、他者を傷つけてしまう人々が守り通そうとしたものとは何か。あらゆる人物の身になって諍いを見つめる多様な目線からは、複雑怪奇な業を抱えた人間への愛情がにじみ出す。

物語の根底にあるのは、閉塞的な現状に抗う精神だ。誰もが我が身に置き換え、自問自答するだろう。社会の病巣を突く視点。心の奥の暗い迷路を照らす脚本。感情の襞(ひだ)を表わす俳優陣の一挙一動。この極上のドラマの余韻は、長く尾を引く。

清水節

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