「みんな、憐れな道化。」裏切りのサーカス 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
みんな、憐れな道化。
『ぼくのエリ 200歳の少女』で注目されたT・アルフレッドソン監督の最新作。
正直、頭が疲れている時にはオススメできない映画かな……。
この物語の構造を一度観て理解できた人はかなりの強者だろう。
チェッカー模様のように交錯する複雑な人間関係も去ることながら、
くるくると入れ替わる時系列、
登場人物らの表情の微妙なニュアンス、
台詞に含まれる仄めかしを敏感に読み取り、
挙げ句は小道具や衣装にまで注意を払わなければ、
物語を完全に理解する事は難しい。
そう偉そうに語る僕自身、未だにピンと来てない点がワラワラと(爆)。
僕は時すでに遅しだったが、未見の方はパンフを先に買い、
人物相関図だけでも読んでおく事をオススメ。
だが映像・演技ともに非常に質が高い映画である事は十分理解できる。
G・オールドマンを筆頭に、出演陣はみな抑制の効いた見事な演技。
物語のテンポも、これだけ複雑な構成でありながら、精密機械さながらに制御されている。
あと近日公開の『ダークナイト・ライジング』の前に
オールドマンとT・ハーディの共演を観られるのも良い(笑)。
(ハーディは『お前誰だよッ!』てくらいの豹変ぶりだけど)
それに……この物語を観た後に残ったのは、
ある種の物悲しさだった。
英国諜報部“サーカス”に潜むソ連の二重スパイ(もぐら)は誰か——
その真相から見えてくるのは、彼ら諜報部員たちが抱える、惨めなほどに悲しい心。
友情も、愛情も、全ては相手を欺く為のただの道具。
そんな非情な活動を長く続ける内、
敵と味方の境界線も、虚と実の境界線も消えて無くなり、
自分への忠義が国への忠義に取って代わり、
遂には自分自身がただの“紛い物”と化してしまう。
みんな、憐れな道化。
泣きたくなるほどに滑稽な道化。
人間、生き残る為には敵を潰さねばならない。
そして、敵を潰すには非情にならねばならない。
だが、心の底まで一点の滲みも無いほどに非情になってしまったら、
その存在は果たして“人間”と呼べるのだろうか?
映画の最後で描かれた裏切り者の末路。
彼が最後に流した赤い涙に、じわりと目頭が熱くなった。
あんな形であれ、彼に涙を流させた作り手の優しさに。
この映画に興味を持つまで知らなかったが、
原作者ジョン・ル・カレは実際に英国諜報部MI-6に所属してたとか。
……彼が辞めた理由も少しは理解できる気がする。
<2012/7/7鑑賞>