劇場公開日 2012年4月21日

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「難解な「スパイ映画」と見せかけて、実は「男」と「男」の情念の映画」裏切りのサーカス 梅薫庵さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0難解な「スパイ映画」と見せかけて、実は「男」と「男」の情念の映画

2012年5月1日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

知的

難しい

1970年代初頭。イギリスの諜報機関「サーカス」の中軸に潜むソ連の二重スパイ「もぐら」をあぶり出す、それが作戦失敗の責任を取らされて引退した元諜報部員、ジョージ・スマイリー(ゲーリー・オールドマン)に課せられた任務だった。

この映画には、ほぼ同時代のショーン・コネリーの演じた、世界一有名な諜報部員を主人公にしたそれとは全く正反対に、プレーボーイ・スパイも、派手なアクションも、ない。ただあるのは、ひとのこころの裏側に潜む情念。

東西対立が明確に、歴然と存在した時代背景を考えれば、己の理念と理想を貫くため、二重スパイに堕ちていった、というのも判らなくはない、結局のところ、それらを阻むのは、彼らの間にふつふつと沸き起こる「男」同志の愛情、情念だった。

「J・エドガー」を観てもわかるけれど、ある種、緊張感が常に持続し、ひと時も休むことを許されていない組織の中では、同性同志の愛情が生まれやすいのか、どうか。異性よりも心を許しやすいのかもしれない。主人公の老いたスマイリーにはそういう感情はないけれど、妻との関係は冷え切っており、彼女の彼の同僚との不倫関係を知っているため、人生に疲れきっている。

印象的な場面は、直接的な描写を避けて、セリフもなく、音楽と、各々の表情だけで、それぞれの感情を淡々と表現しているのが、素晴らしい。特に末端の工作員(トム・ハーディ)が、ロシア女性と人知れず出会う場面での、コンパクト、鏡の使い方は非常にエロティックだ。

ラスト、二重スパイが発覚し、ただ死を待つ男と、その愛の標的になり、かつ彼に裏切られて死の淵まで追い詰められた男が、対峙する。互いの情念が複雑に絡み合うこの場面は、フリオ・イグレシアスの「La Mer」が伴奏にながれて、これでもかというぐらい、切ない。

冒頭のブタペストの街中、英国諜報員が銃撃される場面、諜報機関の幹部が政府高官と会う場面、音の使い方が効果的。スマイリーが推理を働かせて、二重スパイである「もぐら」の正体を導き出すのを、彼のアジト近くにある鉄道操車場の鉄路ポイントが切り替わるのとダブらせている場面、「もぐら」誘き出して待ち伏せする場面でのサスペンスの盛り上げ方は、古典的だけれども、緊張感は充分に感じられる。

もともと原作が難解だし、それをもとにしたこの映画も決して解りやすい作品ではない。現在進行形と過去進行形が入り組んでいて、現在流行の時系列を無視した映画的リズムとなっていることが、話の筋の理解を難しくしている。

それでもこの映画に魅せられるのは、雲が垂れ込めたロンドンを、スマイリーらを乗せて疾走する「シトロエンDS」と、ポール・スミスが衣装デザインを担当したスーツケースを着た諜報員たちと、スクリーンに映し出される色調(撮影はホイテ・ヴァン・テホイマ、クリスチャン・ベイル主演「ファイター」の撮影監督でもある)が、1970年代初めを見事に再現しているからかもしれない。

梅薫庵