ノア 約束の舟 : 映画評論・批評
2014年6月10日更新
2014年6月13日よりTOHOシネマズ日劇ほかにてロードショー
奇才監督が鮮烈なビジョンで紡ぐ、かつてない「箱舟」の物語
これはよく知られた旧約聖書の洪水の物語。だが、劇中たびたび巻き起こるのは、恍惚を覚えるほどのイマジネーションの洪水でもある。たとえば、暗闇にいざ光が灯るとそれから7日間をかけて、この地上がめくるめく生命の祝福を享受していく天地創造。あるいは、ひと粒の水滴が土を濡らすといっせいに草花が吹き出し、荒地に大河が湧き起こっていく奇跡。いずれもダーレン・アロノフスキーならではの映像美が冴え渡る。「ブラック・スワン」以来、実に4年ぶりとなる新作で彼は、幼い頃より心酔してきた「ノアの箱舟」に独自の解釈を加え、壮大な映像絵巻として世に解き放った。
ある日、雷に打たれるがごとく啓示を受けたノアは、きたるべき洪水に備えて箱舟を建造しはじめる。もう間もなく人類が終焉を迎える。それを知りながら、神の意志のまま黙々と行動するノア。そのあまりに重い宿命を際立たせる上でも、ラッセル・クロウの存在感には説得力がある。それはまるで「レスラー」のミッキー・ロークを彷彿させる、巨大な、そして悩める肉体なのである。
かくも本作にはノアの人物像をはじめ、他にも聖書に言及のないディテールが数多く盛り込まれる。やがてノアのもとにはおびただしい人間が押し寄せ、必死になって箱舟を強奪しようとする。それに対抗すべく、ピンチになるとノアに手を貸す謎の巨人たちも登場!彼らの助けを借りながら、箱舟周辺がスペクタクルな修羅場と化していく光景は、まるでグラフィックノベルのワンシーンのように、鮮烈に突き刺さる。
一方、洪水がはじまると、今度は密室型心理劇が顔を出す。つまり、従来のアロノフスキー色が前面に迫り出してくるというわけだ。そこには信念を貫くあまり、狂気へと振り切れそうになる男の姿が刻印されている。なるほど、人間とはそもそも、気がふれるほど何かを貫き通し、そして命を賭けて決断を下そうとする生き物なのだと、そんな監督の想いすら聞こえてくるかのよう。思えば「π パイ」から「ブラック・スワン」まで、アロノフスキー映画の主人公はみんなそうだった。彼が描きたかったノアという人間は、まさにその原型とも言うべき存在なのかもしれない。
(牛津厚信)