劇場公開日 2012年3月16日

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「サッチャーの政治思想や功績は曖昧なまま「女性首相」と名言だけを強調した無内容な作品」マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙 徒然草枕さんの映画レビュー(感想・評価)

2.0サッチャーの政治思想や功績は曖昧なまま「女性首相」と名言だけを強調した無内容な作品

2023年10月26日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

英国は1960~70年代、揺り籠から墓場までの社会保障制度や基幹産業の国有化などの反動で、国民負担の増加と勤労意欲の低下、既得権益の蔓延等の経済・社会的な問題が発生し、深刻な経済低迷に陥った。俗にいう英国病である。

その末期に登場したサッチャーは1979年~1990年、保守党政権の首相を務め、英国病から国を立て直して、その後の経済成長の基盤を作った。この功績あるが故に、こうした伝記映画まで作られ、主演したメリル・ストリープもアカデミー賞主演女優賞を獲得したのだろうと思ったのだが…いざ作品を見てみると、想像とは大きくかけ離れた内容なので驚かされた。

サッチャーは2013年に死去したが、「長女のキャロルは2008年、サッチャーの認知症が進み、夫が死亡したことも忘れるほど記憶力が減退していることを明かした。8年前から発症し、最近は首相時代の出来事でさえも詳細を思い出せなくなってきた」という(wiki要約)。

映画は認知症となった晩年の彼女を、残念な一介の老女として延々と描き、そこを起点にして少女時代~学生時代~政治活動の初期~結婚~初当選~教育相時代~党首選~首相時代~辞任をフラシュバックさせ挿入していく。
その結果、昔は偉かった老女が過去を回想していくものの、死んだはずの夫がしばしば登場するなど、現実と妄想と追憶の見境がつかない漠然とした内容となっているのである。

サッチャーは明確な新保守主義・新自由主義の政治家で、国有企業の民営化を進め、福祉政策の見直しを実施し、大規模ストが頻発していた労働組合の活動を規制したこともあって、見る側の政治的スタンスにより毀誉褒貶が甚だしい。
製作者側は政治思想によって観客層が狭まるのを恐れたのだろうか、彼女がいかなる政治思想の持主で、どんな政治的功績があるのか突っ込みたくないがために、それを曖昧なままとし、よく言えば「人間サッチャー」に重心を置いたものと思われる。

例えば、1981年労使関係法による二次ピケ(支援ピケ)非合法化、1982年雇用法によるクローズドショップ禁止等々により、労働組合の戦闘力や政治力は大幅に殺がれた。英国戦後史の分水嶺を画したと評される1984~85年の炭鉱労働者全国ストも政府の弾圧によって潰された。すべてサッチャーの「政治的功績」だw これらをクローズアップしたくなかった結果、映画は初の女性首相であることや、いわゆる名言を強調するのが関の山という無内容な作品となってしまったのである。

案の定、『デイリー・テレグラフ』は、「製作者がサッチャーに関して何を伝えようとしているのかが不明」と酷評している。

小生は1982年のフォークランド紛争の際、軍隊の派遣を逡巡する閣僚たちに向かって「わが内閣に男は一人しかいないのか」と叱咤したという有名なエピソードが好きだったが、どうやらこれは後付けのジョークらしく、本作にもそのシーンはない。
それはさておき政治家の伝記映画であるなら、製作者側も彼女の政治思想を誤魔化さず、功績を伝えるべきだった。本作はサッチャー肯定派、否定派双方から見てろくでもない内容だと思う。

徒然草枕