「人間の葛藤を描かせればイーストウッドの右に出る者は無い!エドガーの心の明暗を軸に繰り広げられる人間模様が素晴らしい!」J・エドガー Ryuu topiann(リュウとぴあん)さんの映画レビュー(感想・評価)
人間の葛藤を描かせればイーストウッドの右に出る者は無い!エドガーの心の明暗を軸に繰り広げられる人間模様が素晴らしい!
アメリカ近代史に於いて、J・エドガーの存在は不動の者として歴史にその名を残している。そんな彼の一生を描いたのが本作だが、この作品でイーストウッドは政治とアメリカ社会で万人の安全に最も影響を与えたその人、エドガーを一人の只の悩み多き、生身の人間として描き、万人が皆そうであるように、エドガー自身もあらゆる矛盾の中でもがき、さまよい、悩み苦しみ、その生涯を生きた人間として描ききった。
現在も現役で、80代を生きるイーストウッド、彼でしか描ききる事が出来得なかった、人間が生きることに対する変わらぬ、愛の眼差しが深く、優しさに溢れた秀作であった。
そして60年もの長きに及ぶ一人の生涯の姿をダブルキャスト無しで、一人で演じる事に挑戦した、俳優レオ様の勇気に脱帽した。そればかりか、国家の安全保障を握るFBI長官職に半世紀も居座り続けた怪物的権力者としての強者の公の顔、男として仕事の世界で、最高位に登りつめ成功を収めるその一方で、ゲイである事をひた隠しに生きる、恐怖に怯える孤独な淋しいプライベイトの顔を持つ弱気な男の顔。これ程気持ちの揺れ幅の大きい人間も珍しいと思うが、その内面の心の葛藤を表現する事に挑んでいる俳優レオ様の役者魂に引き込まれ、最後までアッと言う間にすぎてしまう2時間だった。
そしてエドガーの個人秘書を演じるナオミ・ワッツ、エドガーの右腕として副長官を務め公私共に生涯のパートナーであったトルソンを演じたアーミー・ハマーもレオ様と共に素晴らしい演技を披露してくれた。
そしてこの映画のもう一つの見どころは、日本で言えば大正中期から昭和40年代後半までのその時代時代の移り変わりを再現した街並みやオフィースのセットと共に、ファッションも見事だ!
私はファッションには疎いので、細かい分析が出来ないが、ファッションに関心がある人にとってこれは、近代の服飾史の良きテキストであるので、その変化を垣間見るチャンスとしても楽しい映画だと思うのだ。
仕事に生きるキャリアウーマンの走りであるヘレンの女性としての孤独、最愛の家族にも友人にも決してその胸の内を打ち明ける事が出来なかったエドガーの孤独、一生を愛するパートナーの際に居ながらその愛を分かち合う事を許されずに生きたトルソンの孤独、愛する息子を時代的社会背景の影響と、エドガーの公の立場を想いやっていた母の真実の愛故か、それとも、かたくなな道徳心故か、優しく我が子を胸の内に抱き愛する事が出来ずに口やかましい母親として存在し続けた母の孤独。
エドガーは心に決して理解される事が無いと言う、強烈な孤独の悩みを深く抱えて生きる人間故に、個人の権利の尊重より、より多くの万人の為に、国家の安全保障と言う理想に向かってひた走る事が出来た人なのかもしれない。
ヘレンがエドガーの死後残される極秘ファイルの処理を、彼の最後の願いとして受け止めて、訃報を受けた直後に、その極秘文書の総てをシュレットしてゆくヘレンの姿は、只、一途にその生涯を、ひたむきに仕事をする事を通してエドガーへの愛を貫いた女性の姿として、私の心に深く刻み込まれた。