「【89.4】ものすごくうるさくて、ありえないほど近い 映画レビュー」ものすごくうるさくて、ありえないほど近い honeyさんの映画レビュー(感想・評価)
【89.4】ものすごくうるさくて、ありえないほど近い 映画レビュー
作品の完成度
2011年公開の本作は、9.11同時多発テロで父を亡くした少年オスカーの喪失と再生の旅を描く、スティーブン・ダルドリー監督作品。原作はジョナサン・サフラン・フォアの同名小説。9.11という極めてセンシティブな題材を扱いながら、アスペルガー症候群の疑いがある少年オスカーの視点を通して、トラウマや家族の絆という普遍的なテーマに昇華させようとする試みは評価に値する。しかし、その描写が時に過剰に感傷的、あるいはハリウッド的な「感動ポルノ」と受け取られかねない危うさを孕んでおり、特にアメリカ国内の批評家からは賛否両論、低評価も少なくない。IMDbでは比較的高い評価を得ているものの、批評集積サイトRotten TomatoesやMetacriticでは厳しいスコアが示されている事実は、作品のアプローチに対する意見の割れを如実に示している。オスカーの探求が最終的に明らかにする真相は、感動的であると同時に、あまりにも出来過ぎた「ありえないほど近い」結末として、現実の悲劇の重みとのバランスを欠いているとの指摘も存在。テーマの重要性やダルドリー監督の手腕、豪華キャストの熱演にもかかわらず、題材のデリケートさゆえに、完全な傑作と断じるには難しい、複雑な完成度である。アカデミー賞では作品賞と助演男優賞(マックス・フォン・シドー)にノミネートされるという高い評価も得たが、これは9.11から10年という節目における、アメリカ社会の心情を反映したものと解釈される側面も大きい。
監督・演出・編集
スティーブン・ダルドリー監督は、『リトル・ダンサー』、『愛を読むひと』などで知られる繊細なドラマ演出に定評のある監督。本作でも、オスカーの複雑な内面や、彼が出会う人々の背景を丁寧に描き出す手腕は健在。特にオスカーの頭の中で繰り広げられる過剰な思考や、現実の「雑音」を視覚的、聴覚的に表現する演出は秀逸である。しかし、全体を通して感情を揺さぶろうとする力が強すぎるきらいがあり、それが一部で「センチメンタル」と批判される要因ともなった。エリック・ロスの脚本も相まって、物語のギミックに頼りすぎ、真の深みに到達しきれていないとの声も。編集はクレア・シンプソンが担当し、過去の映像や想像上のシーンを織り交ぜながら、オスカーの探求の道のりをリズミカルに構築。特に父の最期の電話の留守電を聞くシーンは、言葉の力と編集のテンポが相まって、胸を締め付けられる名場面となっている。
キャスティング・役者の演技
主演、助演ともに実力派俳優が揃った豪華なキャスティング。
トーマス・ホーン(オスカー・シェル 役)
本作が映画初出演となるトーマス・ホーンが、主人公オスカーを熱演。アスペルガー症候群の疑いがあり、頭の中に雑音を抱える、過敏で知的好奇心旺盛な9歳の少年という難役を見事に演じきった。常に落ち着きがなく、大人顔負けの語彙力を持つ一方、極度の不安や悲しみを抱える複雑なキャラクターの内面を、その大きな瞳と、どこか不器用な身のこなしで表現。彼の演技が物語の核となり、観客をオスカーの感情の渦へと引き込むことに成功している。特に、父を失った悲しみと向き合えず、鍵の謎解きにのめり込む姿は痛々しくも真に迫るものがあり、新人とは思えない存在感を示した。
トム・ハンクス(トーマス・シェル 役)
オスカーの父、トーマス・シェルを演じるのは、名優トム・ハンクス。物語の序盤で9.11の犠牲となるが、彼の残した謎の鍵がオスカーの旅のきっかけとなる。回想シーンでの登場が主だが、知的な遊びを通じてオスカーの心を育む、優しくもユニークな父親像を確立。オスカーとの掛け合いは温かく、短い出演時間ながらも、父子の深い愛情と絆を観客に印象づけた。彼の存在が、オスカーの行動原理と物語の感情的な重みを支える重要な要素となっている。
サンドラ・ブロック(リンダ・シェル 役)
オスカーの母、リンダ・シェルを演じるのはサンドラ・ブロック。夫を亡くした悲しみを抱えながら、精神的に不安定なオスカーを支える強い母親の役どころ。オスカーが自らの殻に閉じこもり、時に辛辣な言葉を向けても、決して彼を見放さず、陰から見守り続ける深い母性愛を抑制の効いた演技で表現。終盤、彼女の行動の真実が明らかになるシーンでの、言葉にできないほどの苦悩と愛情を秘めた表情は、物語の最大のサプライズと感動を牽引する。
マックス・フォン・シドー(間借り人 役)
オスカーの祖母の家に間借りする、言葉を持たない老いた間借り人を演じたのは、マックス・フォン・シドー。彼がオスカーの旅に同行し、無言ながらもその存在感と表情、そして「YES/NO」の書かれた掌で、少年に大きな影響を与える。老人の過去と、オスカーの喪失がオーバーラップする展開は、悲劇の普遍性を示唆。言葉を持たないという制約の中で、眼差しと仕草だけで全てを語る彼の演技は圧巻であり、第84回アカデミー賞の助演男優賞にノミネートされた。
ヴィオラ・デイヴィス(アビー・ブラック 役)
鍵の持ち主「ブラック」を追うオスカーが出会う女性、アビー・ブラックを演じたのはヴィオラ・デイヴィス。オスカーの突然の訪問に戸惑いつつも、彼と向き合う優しさと、内に秘めた自身の過去の傷を垣間見せる演技が光る。短い出演シーンながら、物語に深みと人間味を与え、オスカーの探求における重要な転機を作り出した。
脚本・ストーリー
エリック・ロスによる脚本は、ジョナサン・サフラン・フォアの原作を忠実に映画化。9.11で父を失った少年オスカーが、父の遺品から見つけた鍵に合う鍵穴を探してニューヨーク中を巡るという、ロードムービー的な構造を持つ。この鍵の謎解きというファンタジックな要素が、現実の悲劇からの逃避と、喪失と向き合うための手段として機能。しかし、鍵の持ち主が明らかになるクライマックスの展開は、賛否が分かれるポイント。母リンダの真実や、祖父母の複雑な過去など、複数の「秘密」が連鎖的に明かされる構成は巧みだが、ドラマチックに過ぎるとの批判も避けられない。
映像・美術衣装
撮影監督はクリス・メンゲス。オスカーの視覚世界を反映するように、ニューヨークの街並みを、時に冷たく、時に温かい光で捉えている。特にオスカーが街を歩き回るシーンは、広大な都市の中での少年の孤独と、探求の緊張感を高める。美術はK・K・バレットが担当し、オスカーの部屋や自宅の細部にまでこだわり、彼の世界観を表現。衣装デザインのアン・ロスは、オスカーの服装や、彼が出会う人々の個性的なスタイルを通じて、キャラクターの心理状態や背景をさりげなく示している。
音楽
音楽はアレクサンドル・デスプラが担当。彼のスコアは、オスカーの不安と知性、そして物語全体の悲哀を静かに、しかし深く表現している。感情の起伏に合わせて緻密に計算された楽曲は、時に緊迫感を、時に温かさを醸し出し、物語の繊細なトーンを損なうことなく支える。主題歌に関する言及は特にない。
主要な映画祭での受賞・ノミネート
第84回アカデミー賞において、作品賞と助演男優賞(マックス・フォン・シドー)にノミネート。
作品
監督 スティーブン・ダルドリー 125×0.715 89.4
編集
主演 トム・ハンクスA9×2
助演 サンドラ・ブロック A9×2
脚本・ストーリー 原作
ジョナサン・サフラン・フォア
脚本
エリック・ロス A9×7
撮影・映像 クリス・メンゲス A9
美術・衣装 美術
K・K・バレット
衣装
アン・ロス B8
音楽 アレクサンドル・デプラ A9