「不条理な事件で父を失う悲劇から立ち上がろうとする少年と母の愛の物語」ものすごくうるさくて、ありえないほど近い Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)
不条理な事件で父を失う悲劇から立ち上がろうとする少年と母の愛の物語
大好きな「リトル・ダンサー」の監督スティーブン・ダルドリーの映画作品4作目。舞台演出家から39歳で映画監督デビューしても作品数は少なく、他には「愛を読むひと」しか観ていない。結論から言うと、「愛を読むひと」が最も映画らしい秀作だったが、完成度では「リトル・ダンサー」が抜きん出て素晴らしく、この「ものすごくうるさくて、ありないほど近い」は、映画として不足があるものの題材のユニークさにおいては観る者を惹きつけて離さない面白さに満ちている。これは、ジョナサン・サフラン・フォアの同名小説『Extremely Lound and Incredibly Close』(2005年)の原作の独創性故であろうし、先ず何より2001年の世界を変えたアメリア同時多発テロ事件を題材にしながら、主人公をアスペルガー症候群の病気を抱えた多感で繊細な11歳の少年にして、現実にある予期せぬ悲劇に立ち向かう少年の内面の成長に焦点を絞ったストーリーが素晴らしい。ダルドリー監督はあるインタビューの中で、原作者と脚本家エリック・ロスとの三人でアイデアを出し、原作の何を選択するかに苦心したと答えている。つまり、原作者を納得させることが大事であったという事だ。そして、音楽用語の“マッシュアップ”を用いて三人のミックスとバランスが成されたことを語っている。ここに、この映画の面白さと難しさが同居している。原作を忠実に再現したら129分には収まらなかっただろうし、それでも映画としては整理しきれていない脚本の複雑さが挙げられる。映画の理想はオリジナル脚本であり、有名で優れた小説を脚色することもまた大変な労力と才覚が必要なのだ。エリック・ロスは「フォレスト・ガンプ/一期一会」「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」のベテラン脚本家と知る。脚本家ひとりの問題では無いのを充分承知しても、この映画のウィークポイントを敢えて一つ挙げるならば脚本である。
それをカバーして余りあるのは俳優陣の充実度とダルドリー監督の演出の安定感である。変わった題名がそのまま主人公オスカー少年の不思議な人物像を表すが、頭の回転の速さと工作の才能の高さを持ちながら、感情を制御できない苛立ちを抱えている。物事を理論立てて答えを導く賢さと、人に怒りをぶつける乱暴さが同居した少年。この傷つきやすく精神不安定なオスカーを演じた13歳のトーマス・ホーンが、この映画の最も素晴らしい点であることは間違いない。スター俳優のトム・ハンクスとサンドラ・ブロックの子供という難役も違和感なく、キャラクター表現の巧みさは、これが演技初挑戦とは思えない。大々的にオーディションをしたが、偶然にもテレビのクイズ番組で好成績を上げたホーン少年を制作者スコット・ルーディンが見つけたという。こういうのが映画制作で一番価値がある。成績優秀な少年は、この後映画には出ていない。(調べると今年26歳になり法律事務所でアソシエイト弁護士をしていると分かった)殆ど主人公のナレーションにより物語が語られるため、ハンクスもブロックも前面には出てこない。このふたりでなくても出来る役柄なので仕方ないのだが、描き足りない欠点は少し感じる。それを補うのが、後半から登場する今は亡き名優マックス・フォン・シドーの謎の間借り人。ベルイマン映画の常連からアメリカ映画や他のヨーロッパ映画に数多く出演し70年近くのキャリアを重ねた。父トーマスの最後の声を聴く二人の場面のやり取りは、涙なしでは観られない。他ではアビー・ブラックを演じたヴィオラ・デイヴィスが印象に残る。短いシーンでもいい演技を見せていて勿体ないと思っていたら、後半のクライマックスに再登場してきて納得した。
肉親を失う深刻な悲劇の物語だから、観て泣いてしまうのは必然である。(でも沢山泣けたから良い映画とは言い難い)それでも感情を解放して観てしまうと、この映画には泣かせどころが多くある。特に母親リンダが息子オスカーの調査探検の先回りをしていたエピソードのクライマックスは、様々なブラックという名の人々の人生を垣間見せたモンタージュに、この映画の本質が凝縮されていて深い感銘を受けた。スティーブン・ダルドリーの演出の巧さは、やはり観ていて感心してしまう。原作をリスペクトした脚本故の詰め込み過ぎの映画としての贅沢な不満を憶えながら、この映画には、創作の難しさを改めて教えてくれた労力を評価したい。人は苦しみから逃げないで、どう生きて行けばいいのかをオスカー少年の健気で真剣な調査検索で描いた物語を、良い映画に創作しようと映画に愛情を傾けたダルドリー監督の力作である。
リトル・ダンサーの演出家なんですね。知らないで見ました。大概の映画はスタッフを見ずに見るようにしています。しかし、良い作品には良い作品のDNAがあるのかもしれませんね。昨日、『ケス』と言う映画を見たのですが、始めて見るのですが、リトル・ダンサーと同じ監督って思ってしまいました。
共感いたします。共感ありがとうございます。
改めて、リトル・ダンサーの良さを確認出来ました。
解説、ありがとうございました。
どれだけ周到に準備され、実力ある制作者たちによって練りに練られてここまでの作品になったのか よく分かりました。
その意気を教えて頂き、改めて物語の深さと、映画全体の完成度に胸を打たれています。
9月11日でしたね。
きりん