ヘルプ 心がつなぐストーリーのレビュー・感想・評価
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実は身時かにある話
60年代のメイド(と言っても秋葉原にいる女の子じゃなく)の話。 アメリカ南部の、しかも黒人の... 60年代「招かれざる客」とか、「夜の大捜査線」などの人種差別映画があった。 70年代は「ルーツ」ってTVドラマがヒットした。(もちろんその間に黒いジャガーとかの黒人が主人公の映画もあったけど…) 80年代はスピルバーグが「カラーパープル」を撮ったり… 自分の世代からすると黒人が大統領になるなんて昔から考えると夢のような話だった。 「人種差別問題」とかがテーマって言うと引いてしまうかもしれないけど、ここに出てくる登場人物は日本人の我々だって「こんな人いるよ」と思ってしまう人達ばかり… アメリカだけが抱えてる問題じゃない。 差別はどこでも、いつの時代もあると思う。 これからも… 子供達はきっと黒人のメイドを母親以上の存在と思っている。日本で言えば「祖母」 的な存在。祖母は孫がかわいいから… でも、メイドは血の繋がらない子供を自分の子供のように育てる… さすがプロだと思う。 有効な時間の使い方だと思った。 この映画を見ていた時間は。
2回目!
前に途中まで見てて、今日たまたまオンタイムでやってたから見た!というか本当は全部見たことあるかも! 実際のお話を元にしてるのかな? つまり、正義は勝つ!っていうお話。 いや、違うかもしれないけど、大体はそういうことだと思う。
おんなじ人だもの。そうでしょ?
黒人差別をテーマにした作品は沢山ありますが、女性しかも、家政婦という職に着目した作品。 残虐的なシーンはないし、心で感じるこの問題はとても大事な事だ思います。 そして、やっぱり人の心って素晴らしいと感じました。
俺が悪いか?日本側配給会社が悪いか?
白人と黒人の女性達によるコメディー映画と思ってレンタルしたら・・ 1920年代?南部アメリカの人種差別に関した映画だったヽ(^o^)丿 単一民族(正式には琉球やアイヌの方が居るが・・)で育つ日本人には、イマイチピンと来ないけど・・、でもテーマは壮大だと分かる。 そしてそんなテーマを重くならず描いてる(軽くもないが・・)。 脚本や進行がしっかりしてるな・・と思ったのは、昨日見た『●恋人たちのパレード』と同じで、原作が小説だからなのね・・。 星☆評価は・・ DVD100円基準で(*^^)v DVD買う度 ◎ モ1回見たい度 ◆◆ おすすめ度 ***** デートで見る度 ◇◇◇ 観た後の行きたいお店】 アメリカンなダイナーヽ(^o^)丿 観た後の飲みたいお酒】 バーボンやワインをぐいぐい。 観た後の食べたい一品】 フライドチキンやポークチョップ。 望んだ映画では無かったけど・・ でも、なかなか興味深かった(*^^)v♪ 結論】最後は、正しく優しき者が笑う世/であって欲しいなぁ(^ム^)
オールドファッション
彼女たちの髪型が素晴らしい。 古いアメリカ映画そのままです、あれは昔も鬘だったんですね~ みんなきれいで美人でノリもかわいくて・・・ スキーターは唯一大学に行っており優秀で先進的な人物。 親友の婦人会会長のヒリーは自分より優秀な人が許せなかった。 自分の思い通りにならないのが気に入らない。嫉妬心がみえみえです。 顔はきれいなのに。 エリザベスは少し気弱なのかヒリーに押し切られがちで、良くも悪くも日和見な性格。 でも彼女はbarでドリンクくれましたし スキーターがハブられている時にも気にしている様子がありましたし、 ヒリーなんかよりずっとスキーターのことを思っているのに・・・と仲違いしたままなのが少し残念。 郊外の閉鎖感がよく分かりました。 ほんと車がないとどこにも行けないのですね。 女性陣は個性あふれていてどなたも素晴らしいのですが、 特にお気に入りなのは無邪気な振る舞いがかわいらしいシーリア! 彼女は何でも楽しがってくれて、一緒にいると心が明るくなりそう 美人なだけじゃなくて気立てもよいのが素敵です。
公民権運動を描いたお気楽映画
最近のアカデミー賞作品賞にノミネートされる映画は昔みたいに興行的にも成功した、とは言い難い。しかしこの作品はアメリカでは口コミで話題となり、「猿の惑星:創世記」に続いて初登場第2位となった。 この事実が証明しているのは、「ヘルプ」はとても観客受けしたということだ。実際、人種差別というヘビーなテーマを扱っているのにも関わらずストーリーはコメディタッチに仕上がっていてとても好感が持てる。元々の原作のおかげもあるだろうが、何よりもメイドを演じたヴィオラ・デイヴィスとオクタヴィア・スペンサーによるものだろう。 しかしその人種問題に深く切り込んでいるかというと、そういうわけではない。結局の所「ヘルプ」は善悪を二元的に描いたお気楽な「ありがち映画」だ。時々ハッとさせられるようなシーンもある。例えばスキーターがメイド達の現状を本に書こうと、その一人エイブリーンに取材を頼むシーン。それにより仕事を失う可能性のあるエイブリーンは初めのうちは協力する気も無く、口を閉ざしてしまう。ここには白人の当の黒人を無視した独りよがりな正義感が如実に表れている。他にもスキーターの母親が自分のメイドをクビにしてしまう場面。彼女は周りの白人の目を気にして、二十数年間雇った家族同然のメイドを辞めさせたのだ。ここにも閉鎖的な土地ならではの差別が描かれている。こういったシーンがもっとあればこの映画も「ただの」映画に終わらなかった。 だが俳優陣は全体的に素晴らしい配役ばかりだ。先ほども上げたデイヴィスとスペンサーは他とは比べものにならない存在感でこの映画の雰囲気全体を作り上げている。主演のエマ・ストーンは若干存在感が薄いが、それでも手堅く役を演じている。差別主義者のヒリーを演じるハワードも役柄そのままに成り切っていて、ジェシカ・チャンスティンは「ツリー・オブ・ライフ」で見せた演技とは真逆の頭の軽い役を嬉々として演じている。ただし彼らが演じた役の多く(特に白人達)はステレオタイプな人物ばかりだ。「人種差別主義者」か「黒人を助けようとする活動家」の2種類の白人しかこの映画にはいないらしい。差別問題を「過去のもの」として描いてしまっている所以がこういう所にもある。 しかし初めにも言ったとおり、全体的には好感が持てる。笑うところは笑えて、感動するところはきっちりと感動できる(「お涙ちょうだい」のシーンが多すぎるきらいはあるが)。もっと良い映画はたくさんあるが、一度は見てみても良いだろう。 (2012年5月2日鑑賞)
小さな足音に耳をすまして
ずっと楽しみにしてました。期待通り、観て良かったです。女優陣の名演は期待以上でした。 慎ましく生きる女性が一歩踏み出した小さな足音に、耳をすました作品だと思いました。 田舎町の女主人とメイドに焦点を絞った明るい語り口で、その小さいけれど堂々とした足音を、心に響かせてくれました。 アカデミー賞を賑わした方々だけでなく、キャスティングが隅々までお見事だと思いました。 特に主演のビオラ・デイビス、慎み深い女性の笑顔に、涙に、感動でした。エマ・ストーンは、さすがに諸先輩方におされてる感じでしたが、一途な女性を好演でした。 平日の奥様方の生態には、時を超えて共感。素敵に見えて実は"近寄らぬが吉"の領域に、心細くて踏み込んでしまったこと、残念ながらありました。少々ニガかった。
苦難しか人を作れない
ストーリーの中で 恋人の存在がどうして必要なのか? それが後で なるほど ルーツやアミスタッドなどの史実ベースの話とは違うので 表現は温いけれど 映画としては良く出来ていると思う。 主人公の白人の方は他人のネタで名を上げる自己顕示欲の人 主人公の黒人の方は そう、苦労は人生を味わい深くして 人を人にする 例えそれがキング氏の様な最期であっても。 レベルの低いことで苦労するなら 高尚なことで苦労するのが得だ。 この映画の中のどの人物が自分か? 第三者として それをしっかり確認できる人が日本に何人いるだろうか 勇気 がいる作業だ
監督の狙いは、ネガティブな黒人差別でなく、誇り高く生きるメイドたちの魅力にスポットを当てたかったのでは?
本作は後半から黒人たちが立ちあがって白人原理主義者に反撃したり、具体的に本の出版にこぎ着けるところから、ドラマが繋がりだし面白くなって、最後は涙で締めるヒューマンな良作でした。 しかし、前半は黒人メイド、エイビリーン~ストーリーテイラーに起きつつも、主役不在の群像劇にしてしまったのが惜しいと思います。しかも、ワンカットごとのカット割りが早めなので、飛び飛びの展開でストーリーが掴みづらいのです。 それでも後半、黒人差別の赤裸々な実態を手記にしてまとめた『ヘルプ』というタイトルの本が出版されて俄然ストーリーは面白くなります。何よりも黒人メイドを一番迫害したヒリーをエイビリーンたちがやり込めていく展開が痛快! そして、黒人メイドと彼女たちが子守している白人の子供たちの親子以上の絆の深さに涙しました。 黒人差別をメインとしている本作の隠れたテーマに、本当の親子とはを問いかけているシーンが多々描かれます。 差別はさておき、メイドを雇い子育てをまかせる行為というのは、母性の機能を退化させてしまうのですね。登場する白人女性たちは、自分の見栄を競うために子供を産むだけで子育てには関心がなくなっていました。面倒なことはみんなメイド任せ。その結果知らず知らず、わが子のいたいけな感情すら気がつけなくなっていたのです。 そのことを当時のアメリカだからと特別視してはいけません。当時の黒人メイドに当たるものが、現代の公的保育制度です。確かに女性の自立のために、公的保育制度は欠かせないものなのかも知れません。けれども公的保育制度に依存すると肝心の母性が退化するリスクがあり、愛情不足なまま子供が育ってしまうことに。そんな愛情不足なまま子供が育ってしまった子供がいじめや凶悪犯罪を引き起こしてしまうことを思えば、本作を他山の石と見てはいけないのです。 赤ちゃんの時からずっと子供の面倒を見てきたメイドたち。本の出版が原因となって回顧されたエイビリーンが家を出て行くとき、彼女を引き留めようとするエリザベスの娘の懸命さには泣かされましたね。 舞台は、1960年代前半の米国では、人種差別撤廃を求める公民権運動が盛り上がる一方、本作の舞台のミシシッピ州など南部の地域によっては、逆に黒人差別を徹底させる前時代的な法案が次々と制定されていったのです。 公民権運動と、それを脅威に感じる白人たちの抵抗が交差する時代状況はさりげなく周到に織り込まれていました。でも本作は決して過去を検証するだけの作品ではありません。胸に響くのは、むしろ、いつの時代の人間にも切実な、生き方をめぐる問いかけです。 この映画が描くのは、そんな南部の町を舞台にした女たちの物語。理不尽な現実にどうすれば風穴を開けられるのか。本作では、大上段に黒人差別を糾弾しないところに好感を持てました。しなやかに黒人メイドたちの日常にドラマは密着していきます。 物語は黒人たちの置かれた境遇を、冒頭のエイビリーンのナレーションで的確に言い表します。「自分がメイドになることはわかっていた」と話す場面から物語は始まる。「母親もメイド、祖母も家事をする奴隷だったから」と。生まれた時から、人生が決まってしまうというのは、自由とチャンスを標榜しているアメリカにとって、何とも皮肉な差別でした。 そんなエイビリーンたちの暮らすジャクソンの街に、生まれ育った作家志望の白人女性、スキーターが大学を卒業して戻ってきます。そしてどこにどんな肌の色で生まれたかで社会的地位が決まる、旧態依然の故郷の状況に胸を痛め、世界を変えたいと願うのです。 そのために、不条理に耐えてきた黒人メイドたちの本音を聞き出し、本にしようと決めたのでした。 けれども当時の特に南部は、秘密結社のKKKなどアメリカの白人至上主義を唱える原理主義者がうようよいたのです。だからもの言えば、身に危険が及ぶような社会状況だったのですね。当然スキーターに話を持ちかけられたエイビリーンは、親しい友人の依頼でも躊躇するのでした。でも友人のミニーが理不尽な理由で解雇されことに大反発。何らかの復讐の手段として、スキーターの手記企画に協力することを約束したのです。エイビリーンの説得で、メイド仲間が次々重い口を開き始めます。 本作で興味深いのは、黒人メイドたちと彼女たちの雇い主の白人の対比。エイビリーンとミニーは、どんな虐げられても、メイドとしての矜持を崩さず、子供たちには愛情たっぷりに接していました。教会では生き生きとゴスペルを歌い、人間としてのバイタリティすら感じました。 それに比べて白人の雇い主たちの多くは、みんなどことなく影が薄いのです。特にミニーを解雇したヒリーは、白人の優越性を語って、黒人排撃を仲間の主婦たちに煽りますが、タカピーさだけが目立ちます。ヒリーの頑張りは、他者より優位に立つことで、自分が優れていると思いこもうとしているだけなんだというところがよく描かれていて、傑作なシーンが沢山登場します。 テイト監督の狙いは、ひょっしたら黒人差別が主眼ではなかったのかもしれません。そんなネガティブな社会問題よりも、誇り高く生きるメイドたちの優しさや絆の強さといったいかに魅力的な人間の生き様にスポットを当てたかったのだろうと思います。まぁ、できすぎた結末ではありますが、いいじゃないですかねぇ、誇りを持つ側の人間が人生を勝利に導くと確信できる内容に拍手を送りたくなります。そう信じるだけでも、損得抜きに強く生きたくなってはきますね。 それにしても、主役の控えめなエイビリーンよりも、登場するだけで注目してしまうミニーの存在感の凄いこと。その豊かに表情と共に、演じたスペンサーがアカデミー助演女優賞を取ったことを多いに納得させられました。
黒人メイドかわいそう
誰をも全面的に支持できないように描かれていてとてもいい映画だなーと思ったんだけど、一番意地悪なおばさんだけは完全な悪者なのでどうぞ憎んでくださいとなっていたのが気になった。しかし、それこそが差別の芽として我々の心に存在するものなのだと仕掛けているように思った。 差別には勇気をもって立ち向かおうという姿勢はとてもよく伝わったが、差別する側がどうすれば差別する気持ちを克服すればいいのか示して欲しかった。「自分だってされたら嫌な事は人にはするな」でいいのかもしれないが、それ以外で特効薬のような方法を教えて欲しい。
小さなガッツポーズ
映画の時代より20年も後、アメリカンフットボールの黒人の選手が、故郷の小さな教会で子供たちを励ます話をした。その帰り道に車の事故で死亡した。事故には多くの疑問があると新聞で報じられた。ハイウエィには6本ものタイヤの後が交差し、それが何キロにも続いていたとあった。事故の再調査も行われず真実は明らかにならなかった。 この事件を知っていたので、映画でのメイドがいかに勇気が必要だったか十分に理解できる。ストーリーもじんわりと感動が伝わり、すばらしかった。ラストでのメイドのポジティブさには涙と小さなガッツポーズをした。
秀作、しかし…
出演者それぞれが個性的な役を好演、オスカー受賞も納得、痛快なストーリーと爽やかな読後感、記憶に残る秀作です。しかし…。途中で幼少の頃にテレビで観た「ルーツ」を思い出していました。 本筋じゃないんでしょうけれど、この悪しき歴史を扱うには軽さが否めず…というよりアメリカ人の絶妙なマッチポンプエンタメ?我々日本人やドイツ人もエンタメ界では見習った方が良いのでは(笑)。
たった一人の勇気が多くの人の心を救う!
ストーリー自体は想像していた通りだったが、終幕近く涙が止まらなかった。育ての親に対する幼児の気持ちが痛いほどわかったからだ。昔の話とはいえ、自由の国アメリカの負の側面を直視させられた。黒人メイドたちの厳しい現実。でも、すべての白人女性がそうだったという描き方をしていない点は好感が持てた。スキーターは自分自身メイドを使う側の人間だが、メイドに感謝しているし、何より一人の人間として見ている。なぜなら、彼女はメイドに愛されて育ったから。スキーターは差別する側とつきあってもいる。でも、表立って非難できる勇気は彼女にはない。彼女も元はと言えば、自分の作家としてのネタになると思い始めたことであり、何となくおかしいとは思っていたが、取材していくうちにその実態がわかっていくのだ。トイレやパイの話など面白いエピソードに事欠かないが、私が一番感動したエピソードはミリーとシーリア二人の関係だ。アメリカも変わっていくことが象徴的に描かれていると思った。
あくまで白人が作った予定調和的な「米南部映画」
ディズニー系のタッチストーンが制作、1960年代米南部の黒人差別を糾弾するような意図をこの映画に求めるのは無理な話、原作者が舞台であるミシシッピー州ジャクソンの出身の女性、監督も女性、そして主な登場人物・俳優も殆ど女性で、男性が出る出番無し、とくれば、寧ろ「女性映画」の色合いの方が濃い。 主演のエマ・ストーンも、敵役のプライス・ダラス・ハワードも、「ヘルプ」役のヴィオラ・デイビス、アカデミー賞を獲ったオクタヴィア・スペンサーも、お金持ち夫人と成り上がったジェシカ・チャステイン(出色!)も、それぞれも個性に合った役を演じている。 だから「女性映画」としてはそれなりの出来。でもそれだけじゃ、やっぱりもの足りない。黒人差別が根底にあるのなら、それをキッチリと描かなければ、物語にも厚みが出ない。 「ヘルプ」と同じ年、同じミシシッピー州を舞台にした「ミシシッピー・バーニング」(アラン・パーカー監督、1988年)を観て欲しい。1964年、公民権運動が最高潮に達し「フリーダム・サマー」と呼ばれたその年に、実際にミシシッピーで何が起きたか、理解してから「ヘルプ」を観るのもいい。 ミシシッピー・バーニング - Wikipedia http://bit.ly/HwSiBA この映画は、あくまでも白人が作った予定調和的な「米南部映画」である。
誇りを持って生きたい
ヒューマンドラマが好きな私にはすごく好きな作品でした。 人種差別の歴史を知り考えることができる。 人としての本当に大切なものは何か。 を考えながら観ました。 ちょっと上映時間は長めだけど内容もダラダラやマンネリは全くなく綺麗にまとまっていました。 役者さんの表情もいい。 複雑な気持ちが感じられて心が痛くなりました。
笑って泣いて
“観て良かった”それが見終わって最初の感想だった。重いテーマだが、静かに淡々と笑いあり、涙ありの中で物語は進んでいく。そして考える…自分の中に差別は無いだろうか?と。映画は黒人を差別するのが当たり前だった時代、社会全体がそういった風潮で、それを見ながら育ってくれば、きっと疑問に思うことすらなかったのかもしれない。数年前の日本の喫煙者は処構わずタバコを吸い、店でも喫煙する人のほうが多かった。ところが今では立場は逆転している。ルールが変わり、人々の意識が変われば、時代は変えられるのだ。残念ながら、私の中にも差別的感情はある。好き、嫌い。国によっては下に見がちな外国人もいる。しかし、この映画で行われるのはイジメである。差別化された社会でも、相手を人間扱いしないのは、その個人の性質によるものだ。同じ人間と認めていないのだ。虐げられた人々の悔しさは想像に絶する。しかし、虐げられてきた人の方が人としては正しい。やさしい子、賢い子、大切な子。劇中出てくるセリフだか、自分たちが虐げられながらも、汝の敵を愛することを止めない彼女たちに心から拍手を贈りたかった。ヘルプ。助けるべきは間違いに気付けない白人達なのかもしれない。
テーマは重いが一級の娯楽作に
白人で作家の卵のスキーター、それに黒人メイドのエイビリーとミニーの3人によって、“ヘルプ”と呼ばれる黒人メイドたちが置かれた劣悪な環境と、それに耐える彼女たちの心の声が描かれる。 3人とも主演、助演どちらともとれる構成になっている。 60年代のアメリカ南部が舞台で、セット、衣装、車のどれをとっても、子供の頃に憧れた大国の雰囲気がよく出た作品だ。 “Jackson”という軽快な歌に乗り、大学を卒業してミシシッピに帰ってきたスキーターが面接のため“Jackson”という地元新聞社のオフィスに吸い込まれていくところから始まる。 黒人メイドを雇うことがステイタスで、しかもメイドを人とも思わず奴隷のように扱う地域。それが当たり前のこととしか見ることができない人間が多いなか、当たり前と見ることのおかしさに気づく人間たちもいる。その代表がスキーターだ。 共用は不潔だからと、トイレまで別にしようと躍起だつ若い婦人会。リーダーのヒリーの目がひきつってコワいぐらいだ。同じ上流階級の夫人ながら、その派手なファッションや鈍臭さで婦人会のメンバーから疎まれるシーリアが、慣習にとらわれない優しさでメイドに接する姿にホッとする。 婦人会の面々が、親として子にロクにトイレの躾けもできないのに、メイドたちはトイレどころか、白人の子供たちに物事の考え方を諭し、生きる道筋さえ説く。 そんな彼女らを家族として温かく接することのできない人間が、大層にチャリティー・パーティーを開くのだから、その思考は理解し難いものがある。 ただ、この作品は人種問題を政治的または歴史的な見地で語ったりはしない。白人家庭と、そこに雇われた黒人メイドの処遇を端的に表現するに留まっている。 そこが却って、話の構図が分かりやすく善悪が明確で、感情的に同意できる人物も見つけやすい。 テーマは硬いが、随所に笑いを散りばめ、明るいタッチで一級の娯楽作に仕上げたのがいい。
重くなりがちなテーマも長尺もいい塩梅好感大!!
扱う内容は重いモノながら、 脚本と配役の良さで、笑いながらもほろりとさせられ 長尺を感じさせないどころか まだもう少し観ていたいと思いつつのエンディング。 久々の良作です!!
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