デンジャラス・ラン : 映画評論・批評
2012年8月28日更新
2012年9月7日よりTOHOシネマズ有楽座ほかにてロードショー
新味と定石の面白さを共に抽出してみせた新鋭監督の天晴な底力
開巻草々、じわじわともう不安が募っている。いてもたってもいられない感じが積み重なってる。確信犯的にぶれ続ける手持ちキャメラ。足下を揺さぶりすくう高速カット。ショットがぴしりと決まる寸前に融けて流れて情報をたたみ掛けるざわざわとしたペース。アクションもスリルもサスペンスも容赦なく数珠つながりにやってくる神経症的な時空――この感じどこかで見たと思う。思うのはむしろ当然なのだと、クレジットを見て納得する。なにしろかの“ボーン”シリーズの撮影監督オリバー・ウッドと編集リチャード・ピアソンがそろい踏みでこの一作のルックを支えているのだから。そこで少し唐突に「認証されたコピー」というアッバス・キアロスタミの前作「トスカーナの贋作」の原題を思い出したくもなる。というとなんだかイヤミに響くが、そうではない。観客の映像体験の底にある既視感を積極的に刺激して効率よく自作の磁場を導き出すスウェーデン出身の新鋭監督ダニエル・エスピノーザ。その勝因は記憶の、コピーの、肯定的な活かし方をぬかりなく心得ている点にあるだろう。
作家として突っ張るのではなく集まった才能を生かす知恵を身に着けているらしい監督は、権力の腐敗=そう珍しくもない主題を芯にしたデビッド・グッゲンハイムの脚本からも新味と定石の面白さを共に抽出してみせる。CIAの“隠れ家”=設定の物珍しさを軸にしつつ、閑職をもてあます野心的新米捜査官と売国奴の嫌疑がかかる凄腕、対立するふたりのチェイスがやがて伴走、道行に変わるという昔ながらの逆転のスリルを活写していく。その堅実な手際。スーパークールな悪役を嬉々と快演するデンゼル・ワシントン以下のスターも味方につけた職人監督、天晴な底力を楽しみたい。
(川口敦子)