「現代におけるスパイ映画のあり方を問いかけたところは良かったものの、007らしからぬ心理ドラマに後半陥ってしまったことに疑問。」007 スカイフォール 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
現代におけるスパイ映画のあり方を問いかけたところは良かったものの、007らしからぬ心理ドラマに後半陥ってしまったことに疑問。
どれもこれも、ボンドマニアをうならせる仕掛けのオンパレード。シリーズ誕生50周年を迎えて、ジェームズ・ボンドシリーズの往年のファンには嬉しい作り込みなされた作品となりました。
まず出で立ちからオールドファッション。主役を演じるダニエル・クレイグの髪が短く刈り込まれ、細身に仕立てられたトム・フォードのスーツがよく似合います。またオメガ・シーマスターやワルサーPPKも相変わらず、自分の一部のように決めています。冒頭の舞台は、シリーズにゆかりの深いイスタンブールだし、後半の山場では名車アストン・マーティンDB5が満を持して登場するのです。まさに新旧入り交じった趣向でした。
加えて撮影が素晴らしいのです!
例えば冒頭のボンドの落下シーンは、水中深く漂うところまで観客に体感させくれました。また美術セットも巧みで、孤島の廃墟のセットが長崎の軍艦島を借りていたことをテロップで知ってびっくり。軍艦島がよくぞあそこまで化けたものだと感心しました。
けれども後半は、アクションの大判振る舞いが後退し、Mのダークな心理的葛藤がメインになってくると話は冗長になっていきます。過去にアカデミー監督賞を受賞したことのある監督が007シリーズを監督するのは史上初で注目されました。サム・メンデス監督は
演技を重視してアカデミー賞を獲得するために脚本からアクションシーンを削るだろうとメディアから憶測されて、本人は否定したものの007らしからぬ心理ドラマに後半陥ってしまったのです。
007シリーズなら、やっぱりスカッとするアクション映画で、終始暴走するアクションが売りであって欲しいと思います。できれば時間も2時間以内でおさめて欲しかったですね。見終わった後、分厚い心理学の本で頭を一発殴られたようなめまいを覚えました(^^ゞ
物語は、1作目ではスパイデビューの経緯が描かれて、2作目では個人的復讐がメインだったためクレイグ版ボンドが“通常業務”に就く初めての作品となります。
盗まれた機密情報の奪還を命じられたジェームズ・ボンド(ダニエル・クレイグ)は誤射され川に転落、行方不明になめという驚愕の展開。13分に及ぶ列車上の畳み掛けるアクションは、シリーズ中出色の見応えでした。
いきなり被弾したボンドが、幽霊のようによみがえったかと思えば、MI6本部とボンドの上司Mを襲う怪人が出現します。
今回のボンドの敵は、MI6の元情報部員、シルヴァ。任務中に存在を抹消されたのをうらみ、上司のMへの報復をもくろんだのです。その方法は、MI6の管理システムへのハッキングで、執拗にテロをしかけていたのでした。
(ハビエル・バルデム)
コンピューターに弄ばれるMは、上部組織の幹部に引退を勧告され、首相官邸に時代遅れの諜報活動の意義を問われてしまいます。もはや、伝統的なスパイ稼業は四面楚歌と思われたところに、救世主のように現れるのが、肉体を駆使したアクションをたっぷり見せてくれたボンドだったのです。
ここにメンデス監督の意図が濃厚に感じられました。シリーズ50周年記念という歴史を受けて、スパイ映画における「伝統と革新」というテーマを問いかけてきたのです。
これまでのシリーズ作品では、ボンドが任務遂行中にバカンスやロマンスを満喫しながら、奇天烈な悪党をスカッとやっつけるお決まりのストーリーで果たして、現代の観客は納得できるでしょうか?“現代のボンドはどうあるべきか?”を果敢に追求しようとした製作陣の気迫がひしひしと伝わってきます。
実際に情報戦の現場が次第に、サイバーテロとその防御に移行していくなかで、昔気質の殺し屋ボンドは必要なのかと自問するストーリーは、今までになったスパイ映画の視点と言うべきでしょう。
せっかく斬新さに着目しながら、賞狙いに拘って、人間ドラマっぽくラストを操作したのは疑問です。はっきり言って、シルヴァが倒されて、Mが引退するラストまで蛇足のように感じられました。長年シリーズに貢献してきたMだけに、その引き際は丁寧に描く必要もあったかもしれません。それはできれば「Mの物語」として派生ドラマとして描いて欲しかったですね。
とはいえシルヴァ役のバルデムは凄い収穫だったと思います。バルデムのファンなのに最初誰だか気がつかないほど、奇怪で不気味イメチェンして(本来そういう役柄が多いのだが、そんなイメージを上回る程という意味)登場してきたのです。その不気味さは、『ダーク・ナイト』のヒース・ジャレットに匹敵する怪演ではないかと感じました。今回限りが残念です。
また技術担当のQが復活したことも、シリーズファンにとっては嬉しい設定となりました。彼は発明だけでなく、IT情報でもボンドをサポートし、今風のQらしさを発揮したのです。
ドラマの後半、シルヴァの魔の手から逃れるためにボンドは、Mを連れてスコットランドの間旧家を訪れます。『スカイフォール』と書かれた家は、ボンドの生誕の家でした。 にわかにポンドの過去が明らかとなるような場所でシルヴァとの最終対決が行われることになるけど、肝心のポンドのルーツがあまりネタになっていないことに不満を感じました。『スカイフォール』とタイトルするからには、少年期の伏線があって、Mを連れて逃げてくる展開にが妥当だと思います。
アクション映画としては、同じイスタンブールを舞台とする『96時間/リベンジ』が面白かっただけに、007もいっぺんリュック・ベッソンにプロデュースを任せてみたらいいのではないかとお勧めしますよ。