一命 : インタビュー
市川海老蔵&三池崇史監督が放つ、そこはかとない“運命”
三池崇史監督が市川海老蔵と瑛太を主演に迎え、日本映画史上初めて3Dで時代劇を描く「一命」が10月15日から全国で公開される。滝口康彦が1958年に発表した「異聞浪人記」が原作で、62年には仲代達矢主演作「切腹」として映画化され、翌年のカンヌ映画祭では審査員特別賞を受賞。今作も今年のカンヌ映画祭コンペティション部門に正式出品を果たし、高い評価を受けた。三池監督と海老蔵という異色の組み合わせによるタッグが、大きな刺激を双方にもたらしたのは偶然ではなく“運命(さだめ)”といえる。(取材・文/編集部、写真/堀弥生)
今作のクライマックスでは、海老蔵扮する津雲半四郎による壮絶な大立ち回りが用意されている。しかし、それ以上に目立ったのが海老蔵による所作で、どこまでも美しい。旧知の間柄でありながら、病床に伏す千々岩甚内(中村梅雀)の「城が見たい」とこぼした際に障子を開けて見せた海老蔵の無駄のない動きは、近年まれに見る名シーンといえる。三池監督いわく、「自分の立ち位置から、すすすと動いて開ける。現場でも『おおお!』という感嘆の声が漏れたし、今でもあのシーンにだけ特別なギャラがいるんじゃないかと思っている。おひねり感覚ですよ。いいものを見せてもらったという、本来のエンタテインメントの素の形を感じましたね。ほかの現場では感じたことがないですから」。
このシーンは、長きにわたり梨園の世界を背負ってきた海老蔵だからこそ成立するものだ。三池監督は、「日本人として思うことを自然に演じれば、侍の片鱗は出てくるものなのではないかと。だって、どうやって障子を開けるかなんて分からないもの。本当は映画監督って、侍とはこういうものだ! と理解したうえで臨むんでしょうけれどもね」と笑う。そんな“名匠”に対し、海老蔵は独特の言い回しで最大級の敬意を込める。
「僕たち歌舞伎役者が想像する言葉ではなく、リアルを超えたリアルの上に、ちょっと様式美がかかったことをおっしゃるんです。三池さんと一緒にいさせていただいた2カ月間を経て、新作(歌舞伎)をやらせていただく際には、僕の中で三池さんが生きている。『監督だったらどう考えるかな、どう言うかな?』って。そんな風に思わせてくれる人って、ほとんどいなかったんですよ。非常に大きな才能と愛情の塊。ブルーチーズのようにいい腐食をしているというか(笑)。ブルーチーズって好き嫌いはあるでしょうけれど、半腐りしたおいしさって忘れられないじゃないですか。何ともいえない世界観を持った方ですよね」。
三池監督は撮影中、武士を演じる海老蔵、瑛太、役所広司らに対して具体的な演出は一切行わなかった。「それは女の人を描くのと同じ。女の人に女の人の演出をするのって変じゃないですか。武士について精神的な部分で仮に理解したとしても、どこにどう座るのかも僕にはわからない。ヤクザだったら分かりますよ。『てめえ!』ってやればいいんですから。けど、武士がどうやって表現をする生き物なのか、そもそも分からないから映画を撮るしかない。それが最大のリスペクトなんですよ。『あなたのこと、分かります。武士ってこうですよね』という人が描いてしまうと、すごく小さくなっちゃう気がしてね。撮り終えた今でも、ますます分かりませんよ」。だからこそ、新鮮な驚きをもたらした海老蔵の所作に対しても「ただ障子を開けるだけの動作の中に美しさというか、理にかなっているんです」と賛辞をおくる。
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