「お見事」ブラック・スワン tatsughtさんの映画レビュー(感想・評価)
お見事
自分を『高める存在』とするか、あるいは『目の敵』にするか、ライバルをどう捉えるかで心の負担はだいぶ違う。本作は、ライバルを両者のどちらでもない『脅威』として捉えた主人公の成長と葛藤を描く。
ニナにとってのライバルはリリーや過保護の母親、バレエのコーチなどの人物だけではない。彼女の役柄である『黒鳥』という名の重圧でもあるのだ。それらによって心が蝕まれていく様子を、アロノフスキー監督は地味ながら卓越した描写で表現する。
その描写が大変居心地が悪いもので、深爪したり足の指がくっついてしまったりと、彼女がどれだけ追いつめられているかが分かる的確な演出だ。
ヴァンサン・カッセル演じるバレエのコーチ、ルロイは「自分を解き放て」「愉しみを知れ」とニナに指導しているが、言うまでもなくこれはニナ自身の殻を破らせ、同時に『黒鳥』の表現力を身につけさせる意図がある。
この部分は痛々しい描写とは反対に官能的かつ反抗的に描かれる。今まで親の言いなりになってきたニナが初めて反抗する場面は、彼女の1人の大人としての成長の証であり、ポートマン自身の演技の上達を示唆するものである(もちろんこの場面に限ったことではない)。
ニナ自身の内面の話は長くなるので程々にしておくが、肝心のバレエシーンはどうか。
こちらも言うに及ばず素晴らしい出来である。ここではポートマンのバレエ演技に付随する演出についてのみ言わせてもらおう。バストショットを多用し、編集や音楽でポートマンのバレエ技術の未熟さをカバーした。映画を作る上では当然するべき演出だが、個人的には製作側の映画作りに対する情熱が伝わってきて、嬉しい限りである。
わがままを言えばもっと彼女のバレエシーンを見たかった気もするが、これ以上文句は言うまい。いやはや、バレエとスリラーを見事に融合してみせた素晴らしい映画である。こういう見応えある映画ばかりが出てきたらもっといい。……そういうわけにはいかないか。