わたしを離さないで : 映画評論・批評
2011年3月24日更新
2011年3月26日よりTOHOシネマズシャンテ、Bunkamuraル・シネマほかにてロードショー
涙ひとすじの慎ましい悲しさに包まれた映画
ジャンルとしてはミステリーでもサスペンスでもないが、物語の背景にある<事実>が巧妙に隠されているので、自ずとミステリアスな空気が生まれ、それが静かな緊張感に繋がっている。隠されていると言っても、微かな違和感を覚える箇所がいくつかある程度で、ことさら秘密めかした描写があるわけではない。
物語はヒロイン、キャシーの回想でヘールシャム寄宿学校での子供時代から始まる。例えば校長が、タバコの吸い殻が見つかったと全校生徒を叱責するシーン。1978年とクレジットが出るが、教師も生徒もまるで40年代のようなクラシックな服装をしている。余りにも世間と隔絶され、しかも生徒たちの家庭や親の気配は皆無。彼らが従順すぎるのも気になる。これらの微かな違和感が、隠された<事実>に対する布石だったと分かるのは中盤あたりからで、全てがさりげなく静かに、薄皮が剥がれるように<事実>に近づいていくのだ。校長が「健康には特別注意するのがあなた方の務め」と訓辞したり、喫茶店のお客ごっこをする授業などはどこの小学校でもありそうで気にもかけなかったが、実はキャシーたちの過酷な宿命に直接繋がるファクターだった。
運命を粛々と受け入れるキャシーたちの諦観にそっと寄り添いたくなるのは、この緻密で控え目な脚本と演出があればこそだ。それにしても、ルーツのない人間が一緒に育った幼なじみとの絆にそれを求めるのが切ない。涙ひとすじの慎ましい悲しさに包まれた映画だ。
(森山京子)