終着駅 トルストイ最後の旅 : 映画評論・批評
2010年9月7日更新
2010年9月11日よりTOHOシネマズシャンテ、Bunkamuraル・シネマほかにてロードショー
トルストイの妻は本当に悪妻だったのか
犬も食わない夫婦喧嘩に他人が介在するとどうなるか。この映画は、トルストイの公人としての側面が、家庭の問題を思想的な深い溝に変えてしまった実例と見ると、なかなかに面白い。晩年のトルストイは階級制度や私有財産を否定し、人道主義と非暴力によって理想の世界を築くトルストイ主義の教祖的な存在になっていた。
というわけでやたらと取り巻きが多い。家の周りには新聞記者やカメラマンがうようよいる。今で言うパパラッチだ。そんななかで、一番弟子チェルトコフに説得されて全著作権をロシア国民に与えようとするトルストイと、反対するソフィア夫人との間で夫婦喧嘩が勃発。ソフィアに泣きつかれると決意が鈍り、理想のためとチェルトコフにせっつかれるとまたもやその気になるトルストイ。結局彼は解決を放棄して家出。ソフィアは世界三大悪妻の一人として名を残すことになる。教科書的には悩んだ末にやむなく取った行動と言われているが、この映画を見る限り、自分ひとり良い子になって問題から逃げたようにしか見えないのがおかしい。若い時は地位と財産を享受して放蕩三昧だったのに歳を取ったら理想主義。彼の思想そのものは立派だが、ご本人にはご都合主義と男のずるさがちらつくのもご愛敬だ。
物語の語り手はトルストイの秘書に雇われた青年ワレンチン。ナイーブな彼の感性は、トルストイとソフィアの深い愛を素直に受け止める。男のしかたなさにも、女のせつなさにもちゃんと目配せしているのが嬉しい。
(森山京子)