やがて来たる者へのレビュー・感想・評価
全7件を表示
大変良い映画だった
繰り返し見たが、わからない事が沢山ある。
マルティーナの一家は船に乗り列車に乗り換え、最後は徒歩でどこからかやって来て住み着いた。そして小作となった。
「世界中を転々としてきたあんたたち」と言われている。
マルティナは学校で笑われいじめられている。“くさい”と囃されるが、それがシラミ退治に使った石油の臭いなのか通常の意地悪なのかは示されない。
マルティナの父は「地主は収穫物を取り過ぎる」と考えているらしいが、他の小作よりも多く取られているのか他の小作達も同じように多く取られているのかは不明だ。
もしかしたら彼ら一家はロマなんだろうか?差別されている? でも会話の中に決定的な言葉は出てこない。
ナチスドイツは悪だ。それでもドイツ兵もまたさまざまであることがあちこちに差し挟まれている。
パルチザンを追ってマルティーナの家へやってきた兵隊の内の一人は自分のパンを子供らに分け与え女たちが差し出す林檎ジャムを受け取る。
一人の女性が気になったようで視線を止めるが、それは彼女の人権を踏みにじる眼差しではなく、美しい女性への憧れ故のように見える。うなじが細く青年兵というより少年兵に近い。若さが痛々しい。
パルチザンに捕まり己の墓穴を掘らされた後殺されたドイツ兵もいた。
パルチザンへの報復として女子供をまとめて殺すシーンでは「撃て」の命令に従えず引き金を引けない兵士もまた。
物語の進行が時系列通りであるならこれらの三人の兵は同一人物ではない? 一人目と二人目は同じ? わからない。でもわかる必要はないのかもしれない。そういう無名の彼らはいくたりもいたのだろうから。
マルティーナは表情を変えず殺す者殺される者をひたすら見つめる。
言葉を発することもほとんど無いので彼女が何を感じたのかはわからない。
おじさんが何かを埋めている。家の壁に大切に祀ってあった聖像を埋めている事はわかるのだけれど、それだけにしては穴が大き過ぎる。他の物も混じっているのかもしれない。でもそれが何なのかは見えない。その何かを見たらしい?マルティーナの父親はその後自滅する。
全編聖書が散りばめられている。
冒頭では清けき妊婦マリアの聖画にマルティーナの母親が捧げ物をする。
マルティーナ 一家はなぜかもうすぐ生まれて来る赤子を男の子だと信じていたらしい。父は大きな腹にキスをして「何が入ってる」と妻に問い、すぐに「世界のすべてだ」と自答する。やがて現れる者はこの世界の全てであると。
村の人々は“教会に逃げ込めば助かる”と信じている。聖なる場所で殺人など行われない筈だから。
聖体拝受のドレスで走るマルティーナ。
圧政者による殺戮から逃げる清らかな乙女とその腕に抱かれるみどりご。
祈祷する神父:「ピラトの管下(チラっとナチ将校に目線)にて苦しみを受け十字架につけられた主を信じる…」
その祈りは「生ける人と死せる人を裁かんため来たり給う主イエスを信じる」と続くが(ここは神父渾身のパンチだと思うのだけれど)、将校は「誰でも教えられた事に従っている。教育だよ」とドヤ顔で応酬する。その笑顔の前に立つ十字架。ナチに略奪された品の中にも金に輝く十字架。どっちの勝ち?いや勝ちとか負けとかある?わからない…
わかんないなあわかんないなあと繰り返し見たが、やっぱりわからない。
情報が大変に多い。無駄シーン一切無し。だけど観客に説明してくれる親切が乏しいのでモガモガ(まあ観手の知識が足りない)、映像が美しく壁に見応えもある(煉瓦と薄い石とゴロンゴロンの大石混合で垂直壁面作っちゃうとか凄い!リユースなんだろうなあ、そういう技術が村人に伝承されてたんだろうなあ、上塗り禿げてんなあでも塗り直す余裕無い暮らしだったんだろうなあ(んでも殺されちゃったのね))
大変に良い映画だった。
ナチスドイツの虐殺
第二次世界大戦中、イタリアはボローニャの近くにある村で起きた虐殺事件を、一人の少女の目を通して淡々と描いている。 マルティーナは生まれたばかりの弟を抱いていたときに、弟が死んでしまい、以来、話すことが出来なくなっていた。 マルティーナは両親とおばあちゃんや叔母さんたちと一緒に暮らしていた。 この地域はナチスドイツの占領下にあり、ドイツ軍が時々やってきてパルチザンと戦闘を繰り返していた。 お母さんが赤ん坊を産んだ後、ドイツ兵が村にやってきて、手当たり次第に殺し始める。 マルティーナはお母さんやおばあちゃんが殺されるのを目の当たりして、赤ん坊を抱き、隠れ家の洞穴まで逃げる。 泣き叫ぶ赤ん坊のミルクを調達するために村に戻るが、運悪く、ドイツ兵に捕まってしまう。 狭い部屋に多くの村人と閉じ込められ、そこに手榴弾が投げ込まれる。 戦争の残虐さが少女を追いかけることにより際立つ。
悲惨な戦争を描いた作品。
最初から最後まで
何も面白いとこのない映画でした。
見なければよかった。
映画としてはありえない、捕虜の殺し方です。
ドイツの士官が捕虜を殺すときに、
妻に似ているからと生かしてその子供と連れて行くのですが、
治療中にうるさいからとその子供を殺すシーンが、腹立たしく、
なぜ助けたのかわけがわかりませんでした。
そのほかにも、助かった、耳の聞こえなくなった、中年男性も、
いきなり兵士の前に飛び出して自殺?見たいな事もするし
全編にわたりクソつまらなかった。
不条理の中の希望
少しだけ歴史を知っていたい。ドイツとイタリアとでは第二次世界大戦に対する自国の歴史認識が異なる。イタリアはムッソリーニ率いるファシスト党がドイツと同盟を組んでいたが、国内において1943年頃には既に反ファシスト勢力(パルチザン)が出現していた。両国の同盟関係はイタリアの各地で形骸化していたのである。主人公の少女マルティーナはそんなイタリアの自然豊かな一地方に暮らしている。弟の死というショックを契機に喋れなくなったものの、卓越した観察力で大人の世界を見つめながら育った。1944年「マルザボットの虐殺」として知られるドイツ兵による一般人の殺害が起こる。かつて不可抗力によって弟を亡くしたマルティーナは、今度はナチスドイツという人為的な理由によって家族のみならず共同体までも失ってしまう。生まれたばかりの弟を抱きかかえて文字通り懸命に生きるとき、マルティーナは言葉を取り戻す。2011年3.11以降、日本が経験したことと映画の構造とは驚くほどに類似する。主人公が意味のある言葉を取り戻して「やがて来たる者」すなわち未来に生きる者に何を語ることが出来るか。68年前のイタリアで起こったことは、形を変えて現在の日本において進行中である。
国際Dシネマ映画祭2010
全7件を表示

