「原作改編の効果はマイナス」インフェルノ アラカンさんの映画レビュー(感想・評価)
原作改編の効果はマイナス
字幕版を鑑賞。翻訳が戸田奈津子だったのにまずガッカリ。この誤訳の女王にはもういい加減引退して欲しい。「〜を?」とかいう字幕が出て来る度にゲンナリする。そんな日本語があるか!凸(`皿´)
ダン・ブラウン原作のラングドン教授シリーズの小説が映画化されるのはこれが3本目で,最初の「ダ・ヴィンチ・コード」がフランスとイギリス,2作目の「天使と悪魔」がヴァチカンを舞台にしているのに続いて,今作もまたイタリアのフィレンツェやヴェネツィアとトルコのイスタンブールが舞台になっていて,原作小説はさながら観光案内のような趣になっている。
「ダ・ヴィンチ・コード」の舞台となったロンドンのテンプル教会や「天使と悪魔」のヴァチカンの中枢部などは撮影許可が下りなかったらしいが,原則的に原作に忠実な建物で撮影が行われているのもこのシリーズの魅力である。許可が下りなかった理由は主に宗教的なもので,そもそもこの作家の原作にキリスト教を軽視するような記述が多いのが問題なのだと思う。一方,今作に出て来るイスタンブールは,昨今ではイスラム過激派のテロの舞台となることが多くなってしまい,嘆かわしいことである。
ダン・ブラウンの原作には,実はこの「インフェルノ」の前に,アメリカを舞台にした「ロスト・シンボル」という作品があるのだが,話があれでは映画化のオファーが来なかったのも無理はないと思われる。実のところ,「ダ・ヴィンチ・コード」ほどの面白さに達している作品はその後書かれていないというのが率直なところで,映画化に当たっては,「ダ・ヴィンチ・コード」こそほぼ原作に忠実な作りになっていたものの,「天使と悪魔」はかなり改編されていて,むしろ成功していたとも言えるが,今作の映画化に当たっての改編はかなり問題があると思った。
特にヒロインと,キーとなる生物兵器の設定を原作と全く変えてしまったために,非常に話が薄っぺらくなってしまった感が否めない。謎解きの要素も少なく,ダンテの「神曲」は無理矢理引っ張り出された感が強い。小説の記述もかなりいい加減になって来ていて,状況の説明に建物の名前を羅列するだけというのだから,その土地に出かけたことがない人には全くシーンが浮かんで来ないし,人物の描写にしても,どんな服装や髪型なのかといった基本的なことさえ書かれていないので,頭の中で映像化するのにやたら難渋してしまい,はっきり言って今作の原作小説を読むのは非常に苦痛であった。小説の出来としてはまだ前作の「ロスト・シンボル」の方が上だったと言えるだろう。
この物語の下敷きになっている人口爆発について調べてみると,人類の人口が推定1億人まで増加するまでには,種の発祥から西暦1年までの約1万年を要したのに対し,1000 年後に約2億人となり,1900 年には約 16 億 5000 万人にまで増えた。その後の 20 世紀,特に第二次世界大戦後における人口の増加は著しく,1950 年に 25 億人を突破すると,50 年後の 2000 年には2倍以上の約 61 億人にまで爆発的に増えている。現在は約 70 億人を突破していて,今のペースだと,倍になるまでの期間が次第に短くなって行く一種のムーアの法則状態になっているらしい。
このままだと地球の資源が人類によって消費し尽くされるのは時間の問題だから,これを食い止めようとする狂気の天才科学者が登場したのが話の発端なのだが,仮に現在の人口を半減させることができたとしても,上記のような状況にあっては,増加の時間軸を僅か 50 年足らず戻しただけに過ぎない訳で,何ら根本的な解決になっていないということに原作者も気付いていないらしいのが痛々しかった。原作に出て来る生物兵器はかなり巧妙な仕掛けになっていて,生きている人間を殺すのではないのだが,映画ではありきたりな殺人ウィルスと化していたのも何だかなであった。
同じ役を2度演じるということを原則的にして来なかったトム・ハンクスが,同一の役を演じ続けているのはこのシリーズだけであり,その入れ込みようが伝わって来るだけに,作品の出来が徐々に低下しているのが残念でならない。犯人とヒロインが IQ 200 以上の天才という話なのだが,実際オックスフォードを出ているヒロイン役のフェリシティ・ジョーンズはともかく,犯人役はどう見ても頭が良さそうには見えなかったのが残念だった。また,キーパーソンとなる WHO(世界保健機関)の女性チーフ役の女優も悪くはなかったが,個人的には是非モニカ・ベルッチを当てて欲しかった。
音楽はこのシリーズを通してハンス・ジマーが担当しており,「ダ・ヴィンチ・コード」から一貫している長大な旋律を持つラングドン教授のテーマを駆使した曲作りは見事なもので,特にあの起伏の少ないテーマ曲をベースにして終盤のアクションシーンの音楽で大きな盛り上がりを聴かせていた手腕には感服させられるものがあった。
監督は前2作と同じロン・ハワードで,歴史的建造物の見せ方などは相変わらず見事であったが,演出上のミスが散見されたのが惜しまれた。特に,人類を滅ぼすほどの生物兵器があんな粗末な方法で設置されていたというのには開いた口が塞がらなかったし,あれならわざわざ爆弾など使わずに銃で撃ったりナイフでも命中させれば十分ではないかと思った。このシリーズはいずれもそうなのだが,見終わった後に何も残らないのがいかにもアメリカンテイストだと思う。ダン・ブラウンはレクター博士シリーズの作者トマス・ハリスを目指しているように思えるが,全く足下にも及んでいないというのを自覚するべきだろう。
(映像5+脚本3+役者4+音楽5+演出4)×4= 84 点