「ぶんどられたあたし、汚された貴方」キャタピラー ダックス奮闘{ふんとう}さんの映画レビュー(感想・評価)
ぶんどられたあたし、汚された貴方
「実録・連合赤軍」などの作品で知られる若松孝二監督が、寺島しのぶを主演に迎えて描く、人間ドラマ。
「戦争は、いけません」教科書やら説教で口を酸っぱくして連呼されても、実感として湧いてこない言葉である。しかし、この映画一本に向き合うだけで、観客は心底、その意味を知ることが出来るかもしれない。
戦争は、ぶんどる。そして、汚すものなのだ。
戦地から四肢を根こそぎ失って帰ってきた一人の男性。彼は日本国忠誠の象徴「軍神」として持ち上げられ、崇められるようになる。男性の妻は、変わり果てた夫の姿に困惑しつつ、その世話に日常を奪い去られていく。
その戦争は、何をぶんどっていったのか。物語は雄弁に語る。妻の、戦時中にあっても日々をやりくりしていく知恵と工夫、その活力をぶんどっていった。「軍神の妻」という厄介な地位に雁字搦めになり、「シゲ子」という女性のアイデンティティをぶんどっていった。それはそのまま、「シゲ子」という人間の変わり続ける未来を根こそぎぶんどったのだ。
その戦争は、何を汚したのか。物語は雄弁に語る。男性の、食欲と性欲という本能の持つ快楽と満足感を根底から汚していった。過去に、「シゲ子という女性」を愛し、一緒になったというささやかな幸せの記憶を、汚していった。そして、戦地で女性にした過ちが、自らの生きる意味をどす黒く汚してしまったのだ。
寺島、大西両者が演じ切った二人の人間はそのまま、日本が戦争でぶんどられ、汚された本質を生々しく、明確に提示する。理屈では分かっている戦いの悲劇。だが、ここまで分かりやすい例示を持って突きつけられると、もう「分かりません、そんな昔のこと」と目を背けることが出来ない。いや、許されない。
安易な好奇心で観賞すると、その力強くも観客に歴史に向き合う勇気を強制する姿勢に、強烈な力を持って心が張り倒される危険性を孕む。
それでも、この作品が世界で高い評価を得たことは素直に賞賛したい。これまで日本が巧妙に隠し、心の奥底に溜め込んできた戦争への率直な警告と視線が、日の目を見る第一歩となったはずだから。
痛々しい、胸が詰まる、忘れてしまいたい映画である。でも、いつかはもう一度この作品と向き合いたい。戦争が日本をどう、変えたのか。踏みにじったのか。日本に生きる人間として、真っ直ぐ、考える道標となる一本だ。