夜明けの街で : インタビュー
岸谷五朗、ぶれることのない男気あふれる思い
人気作家・東野圭吾が、サザンオールスターズの「LOVE AFFAIR 秘密のデート」にインスピレーションを得て、その歌い出しをタイトルにしたベストセラー小説「夜明けの街で」。映画化に当たり、所属事務所の先輩である桑田佳祐を敬愛する岸谷五朗にとって、不倫という“甘い地獄”に落ちていく主人公・渡部和也を演じることは運命づけられていたのかもしれない。滅多に仕事の掛け持ちはしないが、斬新な豊臣秀吉像をつくり上げたNHK大河ドラマ「江 姫たちの戦国」の収録中にまとめて休みをとって撮影に参加。その終盤には東日本大震災が発生し、岸谷の胸にはさまざまな思いが去来したという。(取材・文/鈴木元、写真/堀弥生)
家庭にも仕事にも恵まれ、それなりに満ち足りた人生をおくっている渡部が、派遣社員の秋葉と不倫関係となり、さらに秋葉の抱える忌まわしい過去に翻弄されていく……。「夜明けの街で」は東野作品の中で異彩を放ちながらも、200万部を超えるベストセラーとなったが、岸谷も出演依頼を受ける前に読んでいた。
「渡部の心情をすごく追っていて、東野さんはこういう男の隅っこの部分を書きたかったんだろうなと思いました。いつもはストーリーに引っ張られていく小説が多いけれど、“普通の男”の心をたどる小説を書きたかったんだろうなと。東野さんのミステリー、サスペンスの世界に、全く別の世界の男が踏み入ってしまったイメージ。違う作家が書いたふたつの作品が、ひとつになったような感じでしたね」
後に自らが演じることになろうとは、夢にも思っていなかっただろう。だが、出演を決意するに当たっては若松節朗監督の存在が大きなウエートを占めた。2008年に主演したスペシャルドラマ「愛馬物語」の監督で、映画では「ホワイトアウト」「沈まぬ太陽」と硬派な作品のイメージが強いベテランが、不倫を媒介としたミステリーをいかに演出するかに興味をそそられたようだ。
「監督はもちろん男優側、女優側といろいろな立場で物事を考えられる人。ドラマをたくさんやっているし、映画では激しい作品が多かったので、若松監督が撮るということに対する新鮮さがありました」
では、渡部のキャラクターに関してはどうだろう。秀吉は判明しているだけで16人の側室を抱えていたが、現代日本の男性諸氏はそういうわけにはいかない。不倫は許されない行為であり、小説も映画も「不倫をするヤツなんてバカだと思っていた」という渡部のモノローグで始まる。後に自らが演じることになるわけだが、このセリフには「絶対にそうですね」と大きくうなずきつつも、心情は理解できたという。
「人間には男と女しかいないわけで、男が女にひかれていくのは当然のこと。ただ、家族持ちはそれを封印しなければならない。愛する人ができたとしても、具体的になってはいけない。でも、何をしてどうなったら友達なのか、愛人なのかというのは永遠のテーマ。渡部と秋葉は肉体関係にまでいった典型的な例ですけれど、例えば家族よりも長い時間会っている女友達がいたら、それは不倫なのかそうではないのか。その定義は分からないですよね」
男性心理を分析したうえで、渡部はあくまで普通のサラリーマンであることに重点を置いた。撮影現場では、2度目のタッグとなる若松監督と綿密なディスカッションを重ね、役をつくり上げていった。
「初めに、幸せに過ごしている家庭をもった男いう骨格づくりが必要でした。特別な男が不倫に落ちるのではなく、限りなく普通のサラリーマンであり、仕事も家庭もうまくいっていて充実しているヤツが甘い地獄に落ちていかないとダメだなって。若松監督とは本当に毎シーン毎シーン、1カットずつ話し合いましたね。ほんのわずかなことで全然ニュアンスが変わってしまったりするので、そうやって心を追っていかなければいけない作品でした」
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