劇場公開日 2011年1月15日

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ソーシャル・ネットワーク : 映画評論・批評

2011年1月11日更新

2011年1月15日より丸の内ピカデリーほかにてロードショー

身体性を欠いた“反ファイト・クラブ”への瞠目と疑念と憐憫

世界最大のSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を生んだ若き創業者の内面に迫る本作は、導入からして大胆不敵。ハーバード大生マーク・ザッカーバーグが、彼女に振られた腹いせに女子の品定めサークルをネットに立ち上げ、やがてそれが「フェイスブック」へと成長していくことを示唆するのだ。モテないオタク青年の妬みと、それでも誰かと繋がりたい願望が巨大な社交場のルーツであったという視点は説得力に富んでいる。

IT事情に詳しい者は戸惑うだろう。ネット上のコミュニケーションに変革をもたらした若き天才の理想など、一切描かれないのだから。数億もの人々を繋いで億万長者になった起業家は、ここではコミュニケーション能力を欠き、全能感を抱いたままの未成熟な子供同然。リアル社会での名誉や利益をめぐって、仲間にさえ離反される悲哀が縦軸なのだ。

事実はモチーフにすぎず、映画とは監督の解釈であるという意味においてデビッド・フィンチャーの戦略は正しい。若者カルチャーへの瞠目と疑念と憐憫こそがテーマといえよう。主人公が病的なまでに早口で膨大なセリフを喋りまくる本作に向き合うことは、おびただしい情報が瞬時に流れゆくネットの海に飛び込むことに似ている。つまりリアルを疎かにし、バーチャルに依存しがちな同時代の人間関係そのものが真の主役とは言えまいか。かつて殴り合うことで生を実感する映画を撮ったフィンチャーだが、身体性を欠いたサークルが増殖していく様はさながら“反ファイト・クラブ”だ。その成功者も、心の痛みからは逃れられない。

清水節

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