「良心を教える為に良心を捨てた男」完全なる報復 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
良心を教える為に良心を捨てた男
上映もそろそろ終了かという時期に
ようやく鑑賞。
【報復】
1.仕返しをすること。返報。
2.[法]国家間で、一国の不当な行為に
対して、他国が同等に不当な行為で
報いること。
広辞苑からの引用である。
不当な行為に、不当な行為で報いる。
原題は『民意ある法』とでも訳せるの
かもだが、邦題の方も悪くない。
司法に裏切られた男の
恐るべき報復劇を描く本作。
主人公クライドの行為はどれも戦慄必至だ。
特に強殺事件の実行犯に対するやり口は、
一個人に与える報復としては
考え得る限りで最も残虐な手段と
言っても過言じゃない
……フグって怖いね!
クライドの行動の意味も次の展開も
先読み不能で、全編が緊張感に満ちている。
共犯者を匂わせるミスリーディングも
なかなか。僕は車が爆破される瞬間まで
「サラが共犯者?」と
見当外れな予測をしていた。
同時にクライドは、
自白の条件として快適なベッドや
高級ケイタリングを要求したり、
保釈を指示した判事の面前で殺人を
自供し、判事を無能呼ばわりしたりと、
穴だらけの司法制度とそれを鵜呑みに
したまま法を執行する人間たちを
徹底的にコケにする。
彼の目的は現行の司法制度の否定だ。
『この国の司法制度を葬り去る』
という強烈な言葉の割に、最後が
市庁舎の議会場爆破というのは
些かスケールが小さいと一瞬考えたが、
思えば本作の舞台であるフィラデルフィア
は合衆国憲法が制定された由緒ある都市。
その市議会を木ッ端微塵に
破壊する事件が起これば、
成る程その社会的インパクトたるや
相当なものだったろう。
だから、あの結末は彼が望むものとは
違っていたと僕は思う。
検事局員を容赦無く爆殺した彼が、
そんな重要なメッセージを表明する段階で
妥協するとは思えないから。
それでもあんな安らいだ表情を見せたのは、もう一人の主人公ニックの表情を見て、
彼の心を変えられたと確信できたからか。
あるいは——
彼の固い決意が僅かでも揺らいだ瞬間が
あったとすれば、それは娘からの
ブレスレットを渡された瞬間だったと思う。
誰より人を失う悲しみを知っていた彼だ。
自分の行為は必要悪だと信じていても、
良心の呵責を押し殺し続けるのは
辛かったに違いない。
彼の最後の表情は、
『ああ、やっと終われる』
という安堵の表情だったのかもしれない。
恐ろしくも哀しい秀作でした。
<2011/3/5鑑賞>