「筋の通った名作サスペンス」完全なる報復 dododoさんの映画レビュー(感想・評価)
筋の通った名作サスペンス
まったく期待しないで観たのだが、すばらしい名作だった。
邦題の完全なる報復というのも、悪くはない。
なぜなら、ラストのクライドの満足しきった表情は、ニックにしてやられたということではなく、ついに自分の望みが達成されたという満足感を表していたとしか思えないからだ。
「殺人犯と取引することを是とする法律」と、その体現者であるニック。
クライドは妻子の死をいい加減に扱われた苦しみと悲しみを、この二つにぶつけていた。
クライド自身が極悪な殺人犯となり、ニックと法曹関係者に「この俺を生み出したのはお前たちだ。極悪な殺人犯である俺と取引するのか?それとも取引などせずに罰するのか?お前たちの法を守りきれるのか」と迫るのが、この映画の構造だ。
もちろん、ニックたちは馬鹿げていると思いつつもクライドと取引する。クライドははじめは心理戦を行い、次は直接的な暴力を行使する。
そして、とうてい取引は無理だという状況まで持ち込み、ニックが取引を放棄するようにコントロールするのだ。
つまり、ニックに「殺人犯と取引など、論外だ」と思わせるべく追いつめて行くのだ。
最後のニックの報復は、クライドの報復と同質のものだ。つまり、クライドはついにニックを身も心も自分と同じ者に変える事に成功した。
「俺を殺す気になったお前は、俺と同じ者になった」という満足感だろう。クライドの最期の瞬間はまるで「死の栄光」につつまれているかのようだ。
クライドの報復は文字通り「完全」だった。ニックを殺すのではなく、ニックを変えたい。法の執行者の心を変えたい。それが妻子へ捧げられた自分自身の命がけの復讐の目的だった。
家族を愛する普通の男の人生が「司法取引」の理不尽さによって狂って行く。また、映像表現は抑えた雰囲気で、多くの想像の余地を残す演出だった。スプラッタを直接表現するのではなく観客の想像に訴えるやり方も「ホラー」を見慣れた観客にはかえって新鮮だと思う。ほんものの監獄を使用したというロケーションも良い。
また、サスペンスにつきもののお色気が全くないのが小気味よい。テーマだけでしっかり押し切った。