劇場公開日 2010年7月23日

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「夢を現実とすり替えた人間の悲しさ」インセプション REXさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0夢を現実とすり替えた人間の悲しさ

2020年9月25日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル

悲しい

興奮

知的

現実を認識するのも、夢の中で自由にふるまうのも脳だが、その脳が見せる光景が本物かどうか判断する手段を、私たちは持たない。夢を見ている間は夢を見ていることに気がつかない。
私達は結局、脳の囚われ人なのだ。

肌に触れてる感触、温かみ、唇の湿り気も脳が判断しているのなら、そこに対象となる人間が実在していなくても(理論的には)いいのかもしれない。

しかしどんな理想郷も、元々現実世界で経験したことをベースとして成り立つ。
人間を生まれてからベッドに縛りつけ、目を隠し何も教えず何も触れさせずにいたら、豊かな世界を脳内で描けるだろうか。
身体という容れ物をコブとモルは遠ざけてしまった。やってはいけないことだ。

モルの存在の正体がはっきりしたとき、何ともいえない感情が湧いた。
何年も何年も、自分達の美しい世界に入り浸っていた二人。
コブのモルへの語りかけは、自分自身への言葉なのだろう。モルが自分の世界から消えてしまったら、もうはっきりと彼女を思い出せないかもしれない、という恐れ。

そんな人間の弱さや愛を余すところなく描いたこの作品は、圧倒的なSF作品なのに夢世界のギミックな部分はあくまで脇役で、人間という不思議で悲しい生き物をたっぷりとした情感で描いている。

この映画の視覚効果はその仕掛けを楽しむべく追求されたものではなくて、2人の美しい悲劇を描くために追求せざるをえなかったことが、結果として完璧な作品となった。

REX