ユキとニナ : 映画評論・批評
2010年1月19日更新
2010年1月23日より恵比寿ガーデンシネマほかにてロードショー
童話的なファンタジーの味わいがある諏訪敦彦監督の新境地
脚本に依拠した通常の劇映画の手法を拒否し、俳優の身体、実在感を重視するジョン・カサベテス的な即興演出で高い評価を受けてきた諏訪敦彦監督が新境地を拓いた秀作だ。フランス人俳優との共同監督という前代未聞の試みは、画面を全て統御しうると考える演出家の権力性への根深い懐疑から発想されたものであろう。
パリに住むフランス人の父と日本人の母を持つ少女ユキは、突如、母親から離婚を告げられる。日本への帰国、親友ニナとの別離。激しく動揺するユキを、映画は、その内面や心理を安易に憶測することなく、ユキ自身の身振りと表情のみを丹念に描写することで、その感情の揺れをまるごと掬い取ろうとする。印象的なシーンがある。ユキが書いた「愛の妖精」の手紙を読んで母親が、突如、嗚咽するのだが、隣にいるユキは、そのあまりに悲壮で仰々しいドラマチックな演技に呆然となり、無意識にキャメラに視線を向けたり、よるべなさのあまり、放心状態に置かれてしまうのだ。出来合いの劇的な盛り上がりが回避され、まっさらな痛ましい少女の感情がむき出しにされる、この場面にこそ、諏訪監督は<映画のリアル>を賭けたといえる。
これまでカップルの息詰まるような関係の軋みを執拗に描いてきた諏訪監督だが、この新作では、パリ郊外の公園の森と日本の森がいつしか通底してしまうように、童話的なファンタジーの味わいがある。滴るような緑の美しさが沁み入るようで、かつてない至福と解放感をもたらすのだ。
(高崎俊夫)