劇場公開日 2009年9月12日

  • 予告編を見る

TAJOMARU : インタビュー

2009年9月14日更新

小栗旬のインタビュー動画(隔週)、監督、プロデューサー、共演者の各インタビューをお送りするeiga.comの「TAJOMARU」8週連続特集。第6週は、昨年自叙伝「ショーケン」を上梓し、本作で本格的な俳優復帰を果たした萩原健一のインタビューをお届け。伝説的TVドラマ「傷だらけの天使」(74-75)、「青春の蹉跌」(74/神代辰巳監督)、「影武者」(80/黒澤明監督)、「いつかギラギラする日」(92/深作欣二監督)といった多くの名作に出演してきた名優に、本作に出演した感想などを聞いた。(取材・文:編集部/撮影:堀弥生)

萩原健一 インタビュー
「これからゆっくりと爽やかにいく時代だと思うんだよ」

自叙伝「ショーケン」上梓後 初仕事となった萩原健一
自叙伝「ショーケン」上梓後 初仕事となった萩原健一

──自叙伝「ショーケン」上梓後の初仕事でしたが、何か改まった気持ちで本作に臨んだのでしょうか?

「もともと、山本さんとは違う作品の話をしていて、順番が前後したんですね。その結果、この『TAJOMARU』が復帰後最初の仕事ということになったんで、特別な気持ちというのはないです。まあ、僕は仕事を再開すると、いつも『再デビュー』『ショーケン、カムバック』とか言われるけどね(笑)」

──本作では、足利義政を演じていますが、役作りはいかがでしたか? 瀬戸内寂聴さんと話し合いながら役を固めていったと聞きましたが。

「そんなことはないですよ。瀬戸内先生とは『今度何やるの?』とかそのくらいの話をするだけで、普段は仕事の話はあまりしません。正直言って、瀬戸内先生からは義政の『よ』の字も言われませんでしたよ。ただ、彼女は義政の正室である日野富子の小説『幻花』を書いてますから、当然、尼さんとしても、小説家としても、義政を研究していたと思いますけどね。

今回の映画では義政の劇中での年齢は決まってなかったんですよ。だから自分で42歳くらいなんじゃないかと推定したんです。義政は54歳で亡くなっているわけですが、将軍を退いたあと出家して、お坊さんになっているんです。それから、彼は糖尿病だったらしいんだけど、あの当時は不治の病で糖尿ということはわからなかったわけだよね。そしてその糖尿のせいで緑内障になっていたんです。だから、劇中では盲目に近いという設定にしました」

──本作のタイトルロールを演じた小栗さんと共演した感想は?

「小栗さんだけじゃなく、田中圭さん、柴本幸さん、やべきょうすけさんも、皆さんすごく誠実で真面目ですよね。僕が彼らくらいの年齢であれくらい誠実で真面目だったら、大富豪になっているかもしれないね(笑)。まあ、今は彼らのような真面目な感じがいいですよね。やっぱり世紀末じゃないし、これからゆっくりと爽やかにいく時代だと思うんだよ。ああいう小栗さん、田中さんたちみたいなクールスマートな頭の人の方がいいんじゃないの。僕たちの頃はウッドストックがあったりして、デカダンでクラッシュすることが美しいみたいな時代で、今とは違うでしょ。だからとても感じが良かったですよ」

小栗旬にはハリウッド行きを奨めたという
小栗旬にはハリウッド行きを奨めたという

──小栗さんには、ハリウッド行きを奨めたそうですね。

「ハリウッドでも、ヨーロッパでもどこでも通じるんじゃないですか、ということです。福山・みろくの里での撮影前にお茶を飲んだときに、『ハリウッドでやることを念頭に置いて、これからの仕事をやったら?』というようなことを言ったんです。すると、小栗さんは『英語がちょっと……』って言ってたんですが、僕は『ボブ・マーリーみたいな(拙い)英語でもいいじゃない』って話したんですよ(笑)。だって日本語でも台詞が覚えられるんだから、英語も覚えられるでしょう」

──中野裕之監督との仕事はいかがでしたか?

「すごく柔軟ですね。中野さんは本当に素晴らしい監督さんです。今回は山本又一朗さんも素晴らしかったけど、それ以上に中野監督に拍手を送りたいですよね。よく我慢したなと。だからいつかまた一緒に作りたいなという気持ちがありますよ。とにかく、中野さんは(映画について)よく知ってますよ。よく知った上で、演出を変えますよね。知らないで変えるのではなく、知っていてなおかつ変えるというのは全く違いますからね。なかなかいないと思いますよ、ああいう監督は。1958年生まれだから50歳くらいですよね。すごいよね、時代は変わったね。

また仕事したいという意味では、もちろん山本さんに対しても同じ気持ちですけどね。共同プロデューサーの佐谷秀美さんにしても、今回は皆さん良いスタッフに恵まれましたよ。又一朗さんには、なんというか、見た目どおりのパワフルで強引なところと、反対にデリケートでシャイなところが混在しているから、そこに大いなる魅力を感じてああいった素晴らしいスタッフが集まるんじゃないですか」

独特の雰囲気をまとった 新しい足利義政像を創りあげた
独特の雰囲気をまとった 新しい足利義政像を創りあげた

──萩原さんは1970年代から映画の世界にいますが、今の日本映画界を見てどう思いますか?

「やっぱり、その時代その時代に良さがあって、単純に比較はできないですよ。各時代にはそれぞれの旬があるからね。昔は夢の工場、つまりは映画産業が隆盛を極めていて、東宝、松竹、東映、大映、日活の5社以外に新東宝や第二東映なんていうのまであった時代だったけど、現在は産業全体が縮小されて、外資系のお金を使って、ようやく1本の映画が出来上がることも珍しくないわけだけど、それもまたいいんじゃないの。映画が斜陽になっても、これはこれで、たくましいと思いますよ」

──本作は「ショーケン」第2章の幕開けとなる作品でしたが、これから、作りたい映画、演じたい役は何かありますか?

「それは企業秘密です(笑)。でも『傷だらけの天使』はやらなくちゃいけないみたいです。市川森一さんの意気込みがすごいからね。しかし、皆さん、本当に『傷だらけの天使』が好きだよねえ(笑)」

インタビュー7 ~[動画]小栗旬 スペシャルインタビュー パート4
「TAJOMARU」の作品トップへ