ダウト あるカトリック学校でのレビュー・感想・評価
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普通のクリスマス映画では物足りない方に!!
直接的なシーンは無いですが、脚本と演技で引き込む力がありました。厳しいミッションスクールが舞台で、校長先生の強い覚悟と、厄介な相手との心理戦を描いて、印象に残る映画でした。大人のクリスマスにピッタリだと思います。
「噛み付く犬は死ぬまで噛み付く」
この話は「疑いが有る、無し」のミステリーではない。疑いを見事に打ち砕く姿と、それでも「噛み付く犬」を完全には消去出来ない社会に対する嘆きだと思う。それはカトリック協会に対する自己憐憫と贖罪の様なものと同様と感じた。
答えはものすごく簡単。
何を弁解してもそれは駄目である。
同情は出来ない。
誰でも知っている事だ。
偽善的団体による犯罪がアメリカで問題になった事は周知の事実。もっとも、あれは宗教ではないが。
嘘を暴こうとする映画、そして
どんなに偉い人だとしても。どんなに人に慕われていたとしても。嘘つく人は居る。そしてその嘘つくことを止めようと、直そうとしても嘘をついてしまう。そんな自分が嫌になる。そんな映画です。
ジャッジ(判断)と弊害
前に観てから、数年後の再視聴で印象変わりました。
前回、フリン神父の陰の諸行を悪とし、追放したアロイシアス校長は偉い、などと浅はかな解釈を。。。
今回観て、確かに最後アロイシアス校長の嘘により、関係者が反応したから黒だ、とする立証が事の真実としても、あまりに多くの議論、不信や人の涙まで数えると、救済の概念を持つキリスト教のシスターでありながら真実に固執し、多くの人達に迷惑をかけている現状をどう観るのか?といった疑問も湧いてきた。
正直言って、餅は餅屋なのだから、アロイシアス校長は警察に勤めればよかったし、フリン神父は独自で派閥の長として、シスタージェイムスは迷いが多いから、製造業工員などが良さそう。
共通項として誰も厳格かつ慈悲愛に溢れた、真の宗教家は存在しなかったというのが、図らずも感想となった。
どちらにしてもこの作品、多くの思考と多角的な見方を要求される、人の意識を図るのにも、禅の考案に近いものを感じるし、心の成長を観る為のツールとして残りそうだ。
大きな事件でなくてもこれだけ盛り上げる演技と演出の良さ
総合:75点
ストーリー: 70
キャスト: 85
演出: 80
ビジュアル: 70
音楽: 65
もちろん当事者にしては十分に大きな事件だが、殺人や強盗があふれている映画の世界において、主題としては意外なほど小さな出来事である。それなのにこれだけの緊迫感を保てる出演者の演技と演出の質が全体に高くて驚いた。
ボールペンの使用一つをとっても口うるさい強情な校長が、一度疑いを持ってしまえば、神に背こうが自分の職を失うことになろうがとことんやるのだという信念の強さが伝わってくる。そのためには嘘もつくし正面切って追い込み脅迫じみた言動をもじさない。本当はそれによって自分をも追い込んでいて、思わず最後に弱さと涙を見せても、決して強気の姿勢を相手の前では崩さない。神父との対決の中で彼女が告白した「過去の過ち」があるから、今度は過ちを犯さないのだということを示しているようだ。真実がはっきりわからない状況で、そのような意思の強さ、交渉のうまさがはっきりと理解出来て楽しめた。
疑いはあるものの、真実はわからない。校長は前歴を調べて前の職場のシスターに聞いたと言ったら神父が引き下がったから、神父はやっていたのだと判断した。だが神父にしてみれば、校長に疑いをかけられしつこく調査をされれば、本当はやってなくても周囲の人はやったと思い込むであろうことを恐れるだろう。この映画の視聴者だって、多くの人が神父はやったと思ったのではないだろうか。そうなれば神父としての職歴に致命傷となるかもしれない。それならばたとえやってなくても、自分の傷が浅いうちに身を引いてそれ以上の損害を避けただけという可能性も残されている。
その曖昧さの残る中で、登場人物のそれぞれの考えや決断が興味深い。現実社会だって何もかもがはっきりしているわけではないのだし、ましてこれは警察や裁判の話ではないのだから、そのような情報も証拠も限定された状況の中で判断を下さなければならないということが、現実社会の難しさを表現している。
また少年の家庭環境の複雑さ、そして社会一般で悪いと思われていることが、必ずしもそうとは言い切れないという状況の複雑さの設定もよく考えられていた。
どこをとっても素晴らしい
DVDを借りて観た。本編を見終えた後、監督の音声解説付きでまた全編通して観てしまったほど引き込まれた。監督の語る子どもの頃の思い出や、製作中のエピソード一つ一つもまた本編同様に面白く、どのシーンにも愛情と情熱を込めて創り上げたことが解った。「映画や舞台を見終えた後、本当の映画が始まる。そんな映画にしたかった。観客たちがそれぞれに違った視点から考えや感想を議論しあうことに意義がある」という監督の言葉も印象的だった。
2回観ると、初めは話に夢中で気づき損なっていた音楽や映像の美しさの細部を堪能できた。それらが全く本編に対して雑音にならず、一体となって映画になっていたということも賞賛に値する。
疑いを胸に抱いたその日からは、どんなに、愛情が…あえて語られない愛情が…こもった行為だろうと、悪意を持って解釈されてしまう。純真な者でさえも。このことの恐ろしさ、悲しさが描かれていたと思う。
メリル・ストリープとフィリップ・シーモア・ホフマンの2人だけだったら、あまりに重苦しく出口の無い話だったと思う。エイミー・アダムズの存在がとても爽やかだった。シスター・ジェームズの持つ、人間の善性への信頼。その真っ直ぐな瞳が、最終的には物語全体を貫き、救いをもたらしていると感じた。
またドナルドのお母さん、ミラー夫人の演技は物凄かった。息子への信頼と愛、懇願と諦め…台詞の一言一言が彼女の表情と共に胸に迫った。
映画の最後、メリル演じる校長が、「未踏の雪」のようなシスタージェームズを前に、自身の猜疑心の重圧に対する苦悩を堪えきれず露わにするシーンは忘れ難い。
神父が去り、一見晴れ晴れとしたような顔をシスタージェームズに見せてみるのだが、やはり自分自身を偽りきれず、堰を切って涙がこみ上げ泣き崩れる姿が哀れだ。
「悪を追放するためには、七つの大罪のひとつ『疑い』を犯し、嘘をつき、神から遠のいても止むを得なかった」と自分に言い聞かせ、その信念のままに行動してきた校長だった。だが、その信念は高潔な動機からではなく、本当は、神父に対する嫌悪感、彼に勝利したいという欲求、教会の権力への反発など、ただ醜い私欲から生まれたものではなかっただろうか?…この問いこそが、彼女が拭っても拭いきれずに苦しみ続ける「疑い」なのだと思う。
そのシスター・アロイシスが苦しみを露わにした瞬間、彼女自身もか弱い人間で救いを求めていると悟ったシスタージェームズが、さっと近寄り、ひざまづいて手を取り慰める…というシーンから、監督の人間への愛情、信頼、赦しが伝わってきた。
「疑惑」が「確信」に変わった瞬間
映画「ダウト−あるカトリック学校で−」
(ジョン・パトリック・シャンリィ監督)から。
舞台は、1964年のニューヨークにあるカトリック系教会学校。
ほんの些細な言葉から、ある「疑惑」を抱いたシスター・アロイシス。
それが、段々、心の中で広がって最後には「確信」に変わる。
「疑惑」とは、
本当かどうか、不正があるのではないかなどと疑いをもつこと。
「確信」とは、固く信じて疑わないこと。また、固い信念。
「勝利を確信する」「確信をもって言う」などと使われるのだが、
その2つの間には「妄想」があるはずだし、
「真実性を疑うこと、確信が持てないこと」の意味で「疑念」があったり、
自分の考えが正しいと思える証拠を見つけ「自信」が芽生えたりする。
そして、多くの状況判断から「確信」へと変わっていくのが、
人間の心の動きだと思うのだが・・映画では残念ながらそこまで語られない。
今回は、誰が何といっても考え方を変えないわよ、という
「堅い信念」みたいなものに感じられた。(それが「確信」なのかもしれない)
私も、実はその違いがうまく説明できないのだが・・
「疑惑」が「確信」に変わった瞬間を、理解できなかったので、
やや、消化不良に終わってしまったのが、残念である。
主演の「メリル・ストリープ」と「フィリップ・シーモア・ホフマン」が、
お互いを罵倒し合うシーンは、
大きなスクリーン、大音響で観たのからかもしれないが、
その勢いに圧倒されたことを付け加えておきたい。
『クイーン』のエリザベス女王を思い出す。
「あまり期待しないほうがいい」と言われ、期待しないで観たら
すごくよかった★★★★★
暗い画面だし、寝そうかと思ったら、全然眠くならず。
一緒に行った友達は、そうでもなかったと・・・。
みんなの演技がすごかった!
メリルVSフィリ・シーの対決は特にすごい。
メリルと黒人母の歩きながら話すシーンはせつない。
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厳しい校長を演じるメリル・ストリープは
『クイーン』のヘレン・ミレンを思い出させる。
高潔で厳格な性格は、誤解を受けやすいものです。
彼女はすごくヒステリックでどうかと思うところもあるけど、
誰かが厳しくないと秩序を保つのは大変だし、
大切なものを守るためには、何かを犠牲にすることも厭わない。
基本的には、人の意見をきちんと聞くし、
やさしい人だと思う。全て良かれと思っての行動。
最後のシーンは涙なしには見れません。
『マンマ・ミーア』で踊り歌い狂ってた人と同一人物とは
思えません。やっぱりすごい女優かも。
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フィリップ・シーモア・ホフマンも相変わらずすごい。
憎たらしい神父役がぴったり。
彼の教会での語りは、すごくよい。
冒頭のかたり「疑惑」では、つらい時代では、みんながその気持ちを共有でき、
絆が生まれる・・・
確信がもてない時、あなたはどうしますか?・・・など。
「不寛容」では噂を信じて枕を切り裂く女の話が絶妙。
彼が着ている神父服は坊主の正装に通じるものがあるなぁ。
『カポーディ』『mi3』などクセのある役がピッタリだなぁ。
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新米シスター演じるシスター・ジェイムズも良かった。
一番共感した。純粋すぎる新米感に共感。
シスター・アロイシスに「自分が楽になるために、本当は疑惑があるのに
信じるんですか?」というのは図星だなぁ。
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黒人母役のヴィオラ・デイビスは切ない。
「なにかあっても6月まで」。
学校で唯一の黒人の息子がいろいろ苦難があるのは知っていても、
将来を考えると我慢させるしかない。
そんなのひどいよ!と思うけど、仕方ないのかもしれないなぁ。
せつない。。。
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ダウト~疑い
何が真実で、何が真実でないのか・・・
難しい問題。
ちょっとした事で誤解を受けることもあるし、
誤解をしてしまうこともある。
誤解を受けない行動と、誤解を受けてもそれを覆せる生き方を
していきたいものです。
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シスターたちの静かな食事と牧師たちの堕落した?食事の対比は
いろいろなことを表していた。
子供たちがボサノバ踊るのがかわいい。
子供がキラキラ女教師眼鏡をしているのもかわいい。
日曜の朝にミサがあるのは、よい風習だなぁ。
早起きするし、きれいな服着るし。
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ネタバレ
男性が好きなのは良いけど、子供はダメ。
あの男の子には、別のやり方でみんなになじめるようにするべき。
なぜシスターたちは、もっと彼を気にかけてあげなかったのかなぁ。。。
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2009/4/1映画の日のチネ1(107席)はほぼ埋まる。
D3は観やすかった。A~Cは傾斜がきつく首が痛くなりそう。
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