「テレビ画面に食い入る人々には、彼が人生を賭けて取り戻そうとしているものが何か…は解らない。」スラムドッグ$ミリオネア 松井の天井直撃ホームランさんの映画レビュー(感想・評価)
テレビ画面に食い入る人々には、彼が人生を賭けて取り戻そうとしているものが何か…は解らない。
ボリウッドムービーの底力。
観る前までは、幾らアカデミー八冠に輝いたとは言え「だってダニー・ボイルでしょ…」と思っていた。
『ユージュアル・サスペクツ』はまだしも、『ザ・ビーチ』や『普通じゃない』での作風を知れば、そう感じるのも当然かも知れない。
しかし、これは優れた娯楽映画だった。しかも過去の作品。特に『普通じゃない』辺りでの、時に癖の有った編集を磨き上げた上で、ストーリーの流れを以前の様に寸断する事無く描き切った事で、万人の観客全てに分かり易く提示しているのが、アカデミー八冠に繋がっているのでしょう。
元々ダニー・ボイル作品と言うと、やたらとカメラアングルに拘った不安定な画面構成が多いのですが、冒頭の尋問場面から続くジャマールの口から明らかにされて行くインドの貧困。そして番組出演に至る彼の人生…。
それらが序盤の貧困場面の不安定感と、不正疑惑による尋問場面の相乗効果によって生かされている。
それらを更に、生き馬の目を抜く子供達の逞しき姿や、街中の喧騒・飛行機・列車の騒音等が溢れる音響効果を最大限に生かす事で画面に凄い躍動感が出ています。
「○えを知っていた」と答えるジャマール。
彼の人生経験とクイズの問題がシンクロナイズして行くのだが、厳密に言うと、作品中に彼が知り得ていた答えは100$札のエピソード等、ほんの少しでしかない。多くは問題の答えよりも、それに繋がるインドの国内の政治・経済・貧困層に於ける問題点を身に染みて感じていただけにすぎない。
しかしながら、100$札のエピソード等に於ける尋常ならざるインドの貧困事情を観客側は知るにつれ、知らず知らずの内に感情を揺さぶらてしまう。
ジャマールの人生経験とクイズ問題のシンクロ。
それに歩調を併せる如くジャマールの成長と、かってのスラム街が高度成長の波に乗って高いビル群の中に飲み込まれて行く姿。
今では世界有数のIT大国に成長したインド。
それでも人々の暮らしは決して裕福になった訳では無い。
だからこそ大金が得られるテレビのクイズ場面に一喜一憂する。
映画の後半は、ジャマールの初恋を巡る叶わぬ恋愛物語になる。
それは彼にとっては大金以上に勝る物。
テレビ画面を食い入る様に見ている人々には、彼が人生を賭けて取り戻そうとしている物が何かは知らない。
それでも人々は挑戦するジャマールの姿に自分の姿を重ね併せて応援する。
画面に映るのはかってジャマールが走り抜けたスラム街や、世界遺産。それと縁の有る人々達。
まるで事情は知らずとも彼の願いが叶う事を願い応援する。
そんな願いが爆発するエンディングに於ける心のミリオネアの素晴らしさに感激を覚える。
(2009年5月2日シネセゾン渋谷)