「俳優・監督にイーストウッドがしっかりと活躍」グラン・トリノ Cape Godさんの映画レビュー(感想・評価)
俳優・監督にイーストウッドがしっかりと活躍
総合75点 ( ストーリー:70点|キャスト:75点|演出:80点|ビジュアル:70点|音楽:70点 )
かつては自動車産業の発展とともにモータウンと呼ばれ強いアメリカの象徴となって大繁栄しながら、日本勢をはじめとする外国からの猛攻を受けて衰退して荒廃し、今では全米でも最悪の貧困と犯罪の都市となったデトロイト。中流層以上の一般的な白人は町を離れ、代わって貧乏な移民と有色人種に町が占領され、多少なりとも安全確保のために家の周りを鉄条網付きの塀で囲む。
イーストウッド演じるコワルスキーは朝鮮戦争で黄色人種と戦い、その後はデトロイトのフォードの工場で自動車を作っていれば、それはこんな有色人種嫌いな爺さんになろうというものだろう。息子すらトヨタの車を売っている時代に、彼は古い世代のアメリカ人の一つの典型ともいえる。しかし家族も寄り付かない頑固でどうしようもない年寄だが、文句を互いに言いながらも床屋に建設屋にと、思ったよりも人望があったり仲間意識があったりするのがわかる。まずこの爺さんを形成した要素をしっかりと揃えているのがいい。それをイーストウッド本人が味のある演技で見せてくれる。
それだけにとどまらず、イーストウッドは監督としての高い能力を見せてくれる。彼の監督作品はいずれもはずれがない(訂正、『アイガー・サンクション』ははずれでした)。今作もそうだった。過去をひきずる頑固爺さんが人生の終わりを迎えようとするころに出会った、血の繋がる家族よりも心を通じ合わせられる有色人種のお隣家族。彼の生き様の変化と決断、そして結末をしっかりと描いている。
前半は「ベスト・キッド」を観ているようだった。引っ越ししてきた少年がいじめにあって隣に住む爺さんに助けられる。そして爺さんの影響を受けて成長していく。だが今回の相手はただの不良少年ではなく、本物の暴力組織の下っ端で、やることは遥かに深刻だ。後半では健全で爽やかな解決にはならないことがわかる。
しかしいくら朝鮮戦争の英雄といえども、これだけ歳をとっていれば、機関銃すら持ちあるく若者数人を相手に戦って勝てるものではないだろう。今回はハリー・キャラハン役ではないので、普通に戦うのではないというのは最初から想像がついた。だから最後に一人正面から乗り込んだところを観て、ある程度その後の展開に予想がついてしまった。
それに最後はコワルスキー爺さんの思惑通りといったところだろうが、もし彼ら全員が射撃しなければどうなっただろうか。例えば彼らのうちの一人だけが撃てば、当然逮捕されるのは一人だけで、残りの者は相変わらず町を我が物顔でうろつくことが出来る。撃った者たちみんなが裁判で有罪にされ長い懲役刑に服されるという保証もない。ここには物語の都合の良さと弱さがある。
でも最後の五大湖の護岸をグラン・トリノが走り去っていくのは寂しさと余韻が残って美しく締めくくっていた。イーストウッド自身の制作の歌がコワルスキー爺さんの魂を静かに見送っていた。