イングロリアス・バスターズ : 特集
09年5月に開催されたカンヌ国際映画祭コンペティション部門に照準を定めて製作されたタランティーノ監督念願の企画「イングロリアス・バスターズ」。そのカンヌ映画祭を目前に、撮影が急ピッチで進められていたスタジオを、映画評論家・若林ゆり氏が訪れていた。タランティーノとは、デビュー作「レザボア・ドッグス」時のキャンペーン以来の仲という若林氏による貴重な撮影現場レポートをお届け。(文・写真:若林ゆり)
「イングロリアス・バスターズ」撮影レポート その1
2009年の1月下旬。ベルリン郊外のポツダムにあるバーベルスベルク・スタジオでは、「イングロリアス・バスターズ」の撮影がたけなわだった。ここは実際、第三帝国時代には、ゲッベルス指揮下のウーファがプロパガンダ映画を撮影していた場所だ。
案内されたスタジオに入ると、そこは、プロパガンダ映画「国家の誇り」のプレミア会場。アッと衝撃を受けるほど見事に、ヒロイン、ショシャナの映画館「LE GAMAAR」の観客席が作り込まれ、ナチスの賓客たちが着席している。まるで……1940年代にタイムスリップしたかのようだ。
「やあ、よく来たね!」とクエンティンが迎えてくれる。「今日は、この観客席で撮る最初の日なんだ。いよいよクライマックスで、最後の勝負がかかってる。なんとかしてカンヌに間に合わせたいから、予算やスケジュールがオーバーしないようにみんなで最善を尽くしてる。こんな大作をこんな猛スピードで撮れるなんて、俺自身も信じられないよ!」
なんてファンタスティックなセット!
「おお、サンキュー、サンキュー(笑)。みんなナチの制服やらドレスやらで完璧に40年代の人になりきってるだろ。だから休憩時間に誰かがレッドブルを飲んでるのを見たりすると、『44年にレッドブル飲んでるやつなんていたかよ!?』って変な気分になっちゃうんだ(笑)」
6000人から厳選されたエキストラは、衣装デザイナー、アンナ・シェパードの衣装合わせ、ヘアメイクにより、見事に化けている(この中には『デス・プルーフ』のスタント・ウーマン、ゾーイ・ベルや、イーライ・ロスの両親も混じっていた)。
「この映画では40年代のモードやナチスの制服を手がけたけれど、けっこう時代考証は無視してるの」と、シェパード。「ヒトラーに白くて長いケープを着けさせて背の小ささを強調したり、ツォラーに白い制服を着させて特別な存在感を出したりね。ショシャナの赤いドレスは、最初は黒ってリクエストだったのよ。私がいちばん楽しんだのは、フランセスカのハット・キャットね。豹が頭に乗ってるなんて、クエンティンっぽいでしょ(笑)。金色の爪のついた手袋までつけてるのよ!」
ほどなくイーライ・ロスとオマー・ドゥームのコンビが登場。コミカルなシーンで、クエンティンもリラックスモード。「ハハハハハハ!」という独特の笑い声が響き渡る。
「“ユダヤの熊”役をもらえて、最高さ」と、イーライ。「だって僕、すごく毛深いだろ(笑)。それにボストンっ子だ。ボストン野郎は喧嘩っ早くて、まるで品のない、ひでえ訛りだ。アメリカ人だってなかなか聞き取れない。聞き取られないようにしゃべるからね(笑)。クエンティンは、『君はボストン野郎だし、残忍な映画ばっかり撮ってるから、暴力的な男だって思われてるだろ。ぴったりじゃん!』って(笑)」
この映画館で働くショシャナの恋人、マルセルは、クエンティンによれば「映画オタクで、なのにすっごくクールな男」。演じるジャッキー・イドは「クールにって言われすぎて、プレッシャーだったよ」と笑う。「この役はね、実はクエンティン自身なんだ。彼は『マルセルは俺だから! それを忘れるなよ』っていつも言っていたんだよ」