チェ 28歳の革命 : 特集
フィデル・カストロとともにキューバ革命を成功に導いた、20世紀最大のカリスマ、エルネスト・“チェ”・ゲバラの生涯をスティーブン・ソダーバーグ監督&ベニチオ・デル・トロ主演で映画化した2部作「チェ/28歳の革命」「チェ/39歳 別れの手紙」。eiga.comでは、来年1月の日本公開を前に、ゲバラの生涯を綴ったノンフィクション・ノベル「チェ・ゲバラの遥かな旅」、バイクで南米大陸30000キロを駆け抜けた旅行記「遙かなるゲバラの大地」といった著作で知られる作家・戸井十月氏に、<永遠の旅人>チェ・ゲバラについてのエッセイを寄稿してもらった。(文・写真:戸井十月)
チェ・ゲバラ、終わらない旅
アルゼンチン人でありながらキューバ革命の立役者となり、さらなる理想を追い求めてボリビアで死んだ、エルネスト・“CHE”(チェ)・ゲバラ。生涯を正義と理想の実現のために捧げ、39歳で死んだ伝説の男は、革命家であるより前に1人の旅人だった。
ゲバラが旅らしい旅を始めたのは大学生になってすぐ。自転車を改造した原動機付自転車で母国アルゼンチンの原野を走り回り、22歳の春には4000マイル(約6400キロ)の道程を1人で走破した。
1951年、12月。ゲバラと、兄貴分のアルベルト・グラナドスは南米大陸を駆け抜ける旅へと出発する。旅の脚は、中古のノートン500。「強力Ⅱ号」と名前だけは勇ましいが、ちっとも強力でないオンボロバイクだ。スクラップの寄せ集めのようなバイクを2人乗りで走らせ、地平線遥かなパンパや天を突くアンデスを越えてゆこうというのだから無茶な話。自然を甘く見るんじゃありません、死ぬからおやめなさいといくら言っても、それをやってしまうところがゲバラなのである。
この時、ゲバラ23歳、アルベルト29歳。2人は南米の光と影の中を駆け抜け、現実の世界と道端に生きる人々とに出会い、感動し、打ちのめされ、迷いながら成長してゆく。それはやがて、2度目の大旅行を経てフィデル・カストロと出会い、キューバに渡って革命を成し遂げ、ボリビアで死んで伝説となったゲバラの、理想に向かって歩み続ける長い道程の始まりを告げる旅だった。
人は旅によって出会い、変り、成長する。自分自身と向き合い、世界と出会うために一歩を踏み出せ——ゲバラが遺したメッセージは今も色褪せない。
ゲバラは39歳で死んだ。それから30年が経って遺体が発見された時、かつての同志や友たちが、「チェ・ゲバラという人間の、最も優れた資質は何だったと思いますか?」という質問に口を揃えたように、こう答えた。
「人間を愛する才能です」
ゲバラは稀代のゲリラ戦士であり革命家であるより前に好奇心に満ちた旅人であり、負けず嫌いのスポーツマンであり、乱暴な医者であり、写真や詩を愛し、自らも幾多の名文を残した表現者だった。そして何より、人を愛した。
ゲバラは、今も、国境や言葉を超えて世界の人々の中で生き続けている。ゲバラは、そういう種類の英雄(ヒーロー)だ。
ゲバラは歩き続け、旅をし続けた。それが、たとえ永遠に辿り着かない遥かな道程でも前に進んだ。
ゲバラは過去の人ではない。むしろ、混沌とした今のような時代にこそ、世界はゲバラのような人間を必要としている。「CHE」という映画が今現れたのも、そういう時代のありようと無関係でないのだろう。ゲバラの旅は、だから終らない。