「傑作で驚き」アキレスと亀 zippo228さんの映画レビュー(感想・評価)
傑作で驚き
「TAKESHI's」、「監督ばんざい!」と前2作が粗い内容だったので、北野映画には興味を失くしていたが、これは傑作と思わせられました。
人によって見る角度は全然違うと思いますが、私は情緒的なものはあまり興味なく、しかし樋口可南子が名演であるため作品をより良くまとめてくれていると思いました。
作品の本質としては、純然たるお笑い作品になっていると思います。しかも北野武が描いた絵は決してつまらない物ではなく、総じてお笑いが映画文化に及ぼす価値を見せつけるような作品になっていると思います。それまでの北野映画でも顕著だった記号的な描写がさらに極められており、「このシーンにはどんな意味が…?」といったような無用な勘ぐりを差し挟ませない、ある種の作品としての力強さがあります。
「座頭市」の頃において、作風が湿っぽい雰囲気になる事を避けるためにポップなトーンを模索した事が、映画作家北野武の新たなスキルとなり、この映画でもそれが反映されていると感じました。同じストーリーでも、撮る監督が違えばこの映画は湿っぽい雰囲気になる危険もあったと思います。
「ソナチネ」の頃から北野映画を観てきた者としては、バイオレンスを抜きにしても作劇が推進していく事に新鮮な驚きがありました。北野映画の登場人物は、例えば「金が欲しい→銀行強盗しよう」といったように、直線的で最短の行動様式を取る事が多いので、簡単に反社会的行為に行きついてしまい、結果として暴力が描かれる事になりがちでしたが、本作の主人公の場合それが創作活動に帰結する事により、犯罪や暴力には行き着きません。このようにバイオレンスの要素が北野映画から排他された時に見えてくる、北野映画の本質というものがとても好印象なものでした。それは過去の作品でも「あの夏、いちばん静かな海」もこれに該当しますが、これとは違う、何か純度の高いものを本作は内包しており、意義を持っていると思います。非倫理的だからバイオレンスを忌避するというのではなく、「もう必要なくなったからバイオレンスは描かれない」という説得力があります。
またバイオレンス映画とは、バイオレンスであるがゆえに、作劇を推進していくにおいて高い燃料消費を伴うという言い方ができると思います。それに比べて本作は、激しい行動がないので「燃費が良い」。北野映画は「削ぎ落としの作風」と言われてきましたが、とうとうバイオレンスも排他したのだと思えて楽しかったです。
このような創作の進化の感じられ方は、本作と次作「アウトレイジ」とがセットになって、「ソナチネ」のトラウマを凌駕しようとしているようにも受け止められましたが、「アウトレイジ」の方は技巧を高める事でその進化の具合を示しているのに対して、本作は削ぎ落としの純度でそこに対応しており、さらに有意義なものであると思いました。