TOKYO! : インタビュー
長編デビュー作「ボーイ・ミーツ・ガール」、そして「ポンヌフの恋人」で世界から注目を集めたフランスの鬼才レオス・カラックス監督が、「ポーラX」以来、実に9年ぶりとなる最新作「TOKYO!/メルド」を完成させた。東京を舞台に謎のモンスターが疾走するという不条理なストーリーを描いたカラックス監督に話を聞いた。
レオス・カラックス監督 インタビュー
「モンスターは実際の社会現象を浮き立たせるんだ」
――今回、あなたの映画にはモンスターが登場しますが、本作でこのようなモチーフを使った意図は?
「今回は、最初からファルスという笑いの裏にグロテスクなテーマ、政治的なテーマが入る古典的な笑劇を作ろうと思っていた。モチーフとしてモンスターを出した理由は、幼児退行化現象を起こしている世界の現状をよりはっきり見せるためには、さらに子供っぽいモンスターを使うのがいいと思ったから。これは『ゴジラ』とか『キングコング』とか映画の世界では良くあることなんだけど、モンスターは実際の社会現象を浮き立たせるんだ。また、今回のモンスターは下水から出てくるけど、下水はある種、過去の記憶の隠喩になっている。日本の過去の記憶というと、南京大虐殺というのがあるし、日本の歴史の中で、非常に苦しい部分、太平洋戦争や靖国問題など、そういった痛みを伴う過去を引き出すように作ったんだ。もし、他の国がテーマであっても、同じく、そういった痛みを伴う過去をテーマにしただろうね」
――本作では、銀座と渋谷という東京を象徴する場所で撮られていますが、ロケ場所はどのように選ばれたのですか?
「なぜ、銀座と渋谷を選んだかというと、今回は紋切り型のイメージを入れて、東京を知らない人でも、すぐに何処かがわかるような場所で撮りたかったから。特に銀座に関しては、高級、贅沢っていうのをイメージさせる場所ということで選んだ。もし、パリでこの映画を撮るとしたらシャンゼリゼを選んでいただろうね。渋谷の方は、煌びやかでネオンがたくさん光っているイメージで選んだんだ」
――劇中に登場するモンスター、メルドは皆に否定される存在ではあるのですが、我々の中にもこういったモンスター性があるということを否定できないと思いました。監督自身にもこういったモンスター性はあるのでしょうか?
「あるだろうね。メルドは私自身であると言えると思うし、私はジキルで、メルドはハイドとも言えますね。まあ、道徳的な意味で解釈するのも可能ですが、原始的な面と文明的な面の二面性があると思う」
――この映画のテーマは、「自分と他者」ということらしいですが、あなたにとっての他者とは?
「他者との関係というのは、誰でも非常に複雑な関係を持っていると思うんだ。劇中、“私の神は、いつも私を私が一番憎んでいる人たちの元に置いておく”というメルドの台詞があるが、それが端的に語っていると思う。今回のモンスターを下水道から飛び出させて、街を歩く人々を手当たり次第攻撃していくというアイデアはパリで思いついたんだけど、私と他人との関係というのは、少しそういうところがある。また、映画の中でメルドは“私は人は嫌いだ、だけど人生は好きだ”という台詞も吐くんだけど、人生とはイコール他人のことでもあるから、そういう意味では他人との関係というのは両義的なもの、両面的なものだと思うんだ」
――幼児退行化の先端を走っているようなこの東京で映画を撮り終えて、東京の印象は変わりましたか?
「私は映画を撮影するときには、現実とは違う知覚をしているので、現実の世界を実際に見ているわけではない。だから、日本や東京に対する全体の知覚というのはない。ただ、ひとつ気になったことは、東京にいると警察官の姿がまったく見えないが、何かあるとすぐに誰かが警察を呼ぶんだ。それは撮影だけでなく、色んなケースでそういうことがあると思うが、何かがあると誰かが匿名で警察に密告する社会だということを感じた。本来ならば、密告するような連中を制裁されてしかるべきだが、日本ではどちらかというと密告を推進するような社会だと感じたんだ」