カムイ外伝 : インタビュー
83年「十階のモスキート」で長編監督デビュー以降、「月はどっちに出ている」「マークスの山」「刑務所の中」「血と骨」など、多くの大作・話題作を手掛けてきたベテラン崔洋一監督の最新作「カムイ外伝」。監督生活26年目にして自身初の時代劇に挑んだ崔監督に、本作の製作意図やアクション演出について語ってもらった。(取材・文:編集部)
崔洋一監督 インタビュー
「最終的には『外伝』から『正伝』つまり『カムイ伝』の方にいきたいね」
——崔監督にとっては、日本映画としては「血と骨」(04)以来5年ぶりの作品です。やはりライフワークだった「血と骨」を撮り終えて、一区切りといったところはあったのでしょうか?
「僕はそれほど爺さんじゃないよ(笑)。ここ最近の自分の映画にまつわる話をすると、『カムイ外伝』、韓国映画の『ス SOO』(07)、『血と骨』の3本は、全部が全部自分の思うままの企画というわけではないんです。『血と骨』はたしかに自分で進めた企画ですけど、『ス SOO』は提供された企画だった。そして、この『カムイ外伝』に関していうと、『血と骨』を作ったあと、その同じチームで、新作の企画を話していた中でヒョッと出てきたタイトルだったんです。それまで、20本くらいの企画が出ていて、監督である僕とプロデューサー陣の間ですれ違いも感じつつ、どれにするかで1年間くらい話し合っていたんだけど、『カムイ外伝』が出てきた瞬間に『これだ』って感じでパッと決めてしまいました。それまで話し合ってきたことは何だったんだっていう感じで、一瞬で『やろう』って決めたんだよね。
ただ、僕らだけで『これに決めた』と勝手に言っていても、(製作・配給の)松竹とのコンセンサスはとれてないし、崔洋一の企画だし抵抗があるだろうということで、プロデューサーには『なんとか騙しきってしまえ』ということを言っていたんだけど(笑)、騙されるわけ無いんですよ、会社は。映画会社っていうのはそれほど甘くない。もちろん松竹にしてみれば躊躇もあったでしょう。でも、今回の『カムイ』には原作コミックの強さがあった。次に、並々ならぬ情熱を示す僕らがいた。そして企画に賛同してくれた製作委員会の皆さんが世代的にリアルタイムで『カムイ伝』および『カムイ外伝』を読んでいた方たちが多かった。これが功を奏したんだよね。そして、気がつけば世の中が全体的に倒れつつあった。誰もが予想しなかった時代・環境の変化があったし、無意識下の中で、閉塞してくる現実も目の前に来ている。四の五の理屈を言う前に明日の米をどうするんだということを意識する将来もそう遠くはないということを観客は感覚的に分かっていると思います。こういった時代の空気感が、『カムイ外伝』をエンターテインメントとして世に送り出せという要求を促したんだと思います。
準備を進める中で、製作委員会の方のある人に『誰もが、どこかであなたのチャンバラを見たがるという思いがあっても不思議じゃないよ』と言われたんですが、その言葉で僕自身は気持ち的にすごく乗れたんです。思い出せば『クイール』も、うまいこと乗せられて作ったようなもんですからね。だから、映画会社の偉い人はどこかで人たらしだなって思いますね。『崔洋一のチャンバラが見たいんだ』なんて言われたら、やっぱり嬉しいですから」
——長編監督デビューから26年目で初めての時代劇となりましたが、時代劇には昔から興味はあったのでしょうか?
「そうでもなかった。だけど、興味がなかったというわけではなく、いくつかお誘いの企画もありましたよ。中には心が動いた企画もあったけど、僕がすぐに心が動いた作品はたいてい潰れてしまうんだよね(笑)。だけども、今回に関しては潰すわけにはいかないと思って、積極的に進めましたよ。ただ、初めての時代劇ということでの気負いみたいなものは無かったですね。僕にとっては、ただひたすら『映画を撮りたい』ということなんです。まあ、この『カムイ』の企画が立ち上がる随分前に角川春樹さんから『用心棒』のリメイクの話をいただいていたので、いずれはやらないといけないだろうという感覚でした。そんな風に『崔に時代劇を撮らせてみよう』という気持ちを持つプロデューサーもいらっしゃるわけで、それは僕の中で、悪い状況ではないなと思ってます。だから、無意識というほどの嘘はつきませんが、過敏に反応して突っ走るということもなかったです」
——子供の頃はどんな時代劇が好きでしたか?
「子供の時に見たもので一番覚えている作品といったら、無名俳優が大勢出ていた『浪花節忠臣蔵』っていう作品ですね。すごいアバンギャルドでね。しかも、タイトル通りとにかく浪花節なんだよ(笑)。強烈に覚えてます。それこそ狸御殿もあれば、殿様と女中の踊りも出てくるで、この作品を見て時代劇っていろんなことが出来るんだなって思いましたよね。リアルタイムで見たもので印象に残った作品だと、やっぱり『椿三十郎』(62)かな。あの映画を小学生の僕が見たときにひとつ分かったことは望遠レンズを使っているっていうこと。『黒澤明は望遠レンズが好きなんだなあ』っていうのは、子供でも分かりましたよ。その頃、ちょうどTVでアサヒ・ペンタックスのCMが流れていて、その中の『ペンタックス、ペンタックス、望遠だよ、望遠だよ。ワイドだよ、ワイドだよ』っていう歌が頭にこびりついていたのかもね(笑)」