「誰もが狂気に引き寄せられる様を冷徹に描き出したヒーローものの皮を被ったクライムサスペンス」ダークナイト よねさんの映画レビュー(感想・評価)
誰もが狂気に引き寄せられる様を冷徹に描き出したヒーローものの皮を被ったクライムサスペンス
12年ぶりのスクリーン鑑賞でした。
ピエロのマスクを被った一団がゴッサム・シティ銀行を襲撃、そこに預けられていたマフィアの資金を強奪して逃走。首謀者のジョーカーはマフィアに接触、資金の半分を報酬としてバットマン殺害を提案する。治安の悪化に喘ぐゴッサム・シティで巨悪と戦ってきたバットマンことブルース・ウェインは新進気鋭の正義漢ハーヴィー・デント検事こそが市民が望むヒーローであると確信、積極的にハーヴィーを支援するが、そんな活動を鼻で笑うかのようにジョーカーはウェイン、ハーヴィー、そして市民に辛辣な選択を迫る凶行を畳み掛ける。
12年ぶりのスクリーン鑑賞でしたが、冒頭の銀行襲撃が醸す不穏な空気にあっという間に飲み込まれました。改めて感心したのは乱闘シーンにおける音響処理。痛覚を刺激するかのようにグッと張り出した低音が、アクション映画でありながら暴力の凄惨さを糾弾しているようで印象的でした。もはやノーラン監督の看板ともいえる極力CGに頼らない実写に拘った映像もまた痛々しく、病院爆破やカーチェイスに滲んだ重量感はとにかく圧巻でした。そんな背景があってドラマにリアリティがもたらされ、ジョーカーが次々と繰り出す非情な二択に翻弄される人々の苦悩にくっきりとした陰影が刻まれています。その描写は非常に残酷で、主人公であるはずのバットマンが苛まれる嫉妬と憎悪はあまりにみっともなく、バットマンがジョーカーより秀でているのは親から相続した莫大な資産だけだということを浮き彫りにして絶望感を煽りますが、取り返しのつかないほど深刻になった格差社会となってしまった現在はゴッサムそのもの。この世界を変えるのは偉大なる指導者でも民主運動でもなく、突き抜けた狂気ではないのかという思いに駆られ、狂気とは重力のようなものだと嘲笑うジョーカーにヒーロー像を見てしまいました。
散々語られている通りヒース・レジャーの常軌を逸した怪演が物語を完全に支配しているのは言うまでもないですが、クリスチャン・ベール、アーロン・エッカート、マギー・ギレンホール、ゲイリー・オールドマン、モーガン・フリーマン、マイケル・ケイン・・・といったコアキャストから銀行支店長のウィリアム・フィクナーまで贅沢極まりないキャスティングが荒唐無稽な物語に非常にリアルな質感を与えています。シリーズの2作目なのに1作目と3作目がどんな話だったかも忘れてしまうほどに突き抜けた名作を公開当時には断念したIMAXで鑑賞出来たことが何より嬉しいです。