JLG/自画像

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解説

大作「映画史」などの映画監督ジャン・リュック・ゴダールが、自らを対象として世界を描こうとした、自伝でもなく、肖像でもない<自画像映画>とでもいうべき作品。ジャン・リュック・ゴダールのイニシャルであるJLGがタイトルに冠され、ゴダール自身が主人公として出演するが、ドキュメンタリーと呼ぶにはフィクションが随所に挿入され、映画、文学、哲学など様々な要素の映像と言葉が渾然となって一体化している。映画局査察官役で批評家のルイ・セガン、映画史家のベルナール・エイゼンシッツ、「新ドイツ零年」のアンドレ・S・ラバルトが出演。また音楽は、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲と第七交響曲、ヒンデミットの「葬送音楽」、アルヴォ・ベルトの「ミゼーレ」が使われている。

1995年製作/56分/フランス・スイス合作
原題:JLG/JLG Autoportrait de Decembre
配給:フランス映画社

ストーリー

スイスのレマン湖畔。ゴダールが生活するここロールの自宅やアトリエ、そして幼い頃から親しんだ風景が、ゴダールの内面を示すように立ち上がってくる。少年時代を回想したり、手書きの創作ノートに書かれたアラゴンやヴィトゲンシュタイン、ディドロの一節を読み、映像で示し、歴史を、現代史を語るゴダール。音と映像の結びつきの実験が画面上に現出する。岸部を散歩するゴダールの耳に聴こえる、ロジェ・レナートの「最後の休暇」など、愛する映画作家たちの映画の音。否定すべきものを正面に見据えてこそそこにとどまると、ヘーゲルの言葉を引いて、湖畔の向こう側にあるフランスを「キングダム・オブ・フランス」と指差す。家政婦ブリジットが辞めると言ってくる。そして突然、フランスの国立映画局から査察官が立ち入り捜査にやって来る。ネガ(否定的なもの)こそ作らねばならないというカフカの言葉に続いて、盲目の女性が訪れ、編集助手を志願して来る。山奥で一人ラテン語でオウィディウスの詩を朗読する老女……。

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映画レビュー

4.5分らなくていいのさ

2010年6月25日
PCから投稿

泣ける

知的

難しい

1995年フランス・スイス合作映画。56分。今年39本目の作品。フランスの奇才、ジャン・リュック・ゴダールの頭文字をとった自画像的な作品。吉祥寺バウスシアターで開催された爆音映画祭で上映されました。

内容は;

「スイスのレマン湖畔で暮らす彼の生活を捉えながら、国立映画局の査察官の介入などのフィクションを織り込んで映画は展開」(eiga.com)

だそうです。

ゴダールの意識は常人には及ばない恐ろしく高度な次元にある。そして、それ故に彼はいつでも孤高であり孤独である。本作もそんな彼の生活が描かれています。

確かに観てて理解しようとするのは逆効果で、そうすればするほど深みにはまり、頭の中が混沌としてきます。でも、不思議と伝わるものがある。それが恐らく「愛」というもの。分らないのに心の琴線にふれ、何故か泣けてくる。

これが本作の魅力です。

一人の人間の頭脳という小宇宙のキャパシティを超えてしまうような、あまりにも広大な人間や世界の問題を、彼は全身で受け入れている。故に、観てて辛くなる映画でもあります。

わたしのような常人がこんな作品を観て理解することなど出来るはずがない。でも逆説的に、だからこそ観たほうが良いと思うのです。

55分という短い時間ながらも、その映画体験は深いところに刻まれる。そして映画が終わった時に解放された安堵感と同時に、日常生活の観え方がどこか変わっているような気がする。これを体験できるだけでいいのだし、こんな体験をとてもリアルに与えてくれる監督はそうはいない。

中途半端に受け入れているようでは理解はもっと中途半端に終わるものだと思います。自己にこだわったところで何の得にもならないのだ。

体で感じる類の作品です。

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あんゆ~る
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