モーリスのレビュー・感想・評価
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上流階級×恥美だが、純な恋愛もの。
ありがちなイギリスの全寮制学校での青春もの。
特筆すべきは若き日のヒュー・グラントの美しさ。
自然に惹かれ合った2人なのに、最後はヒューが世間体を気にして距離をおいてしまってからのモーリスが切ない。
そして窓をみるヒュー・グラントの目には若かったあの頃。
上記内容が男と男、女と女、男と女という枠での恋愛とするならば、誰しも経験したことがある景色、行動であり、この二人によって何かを思い出す作品。
【”Forbidden Lovers”同性愛は罪と言われた時代に生きた男の波乱の半生を美しきトーンで描いた作品。ジェームズ・アイヴォリー監督ならではの品のある作風も印象的である。】
ー 幼かったモーリスに海岸で、男女の性交について、先生が砂に書いた絵から始まるシーン。
そして、ケンブリッジ大学に入学したモーリス(ジェームズ・ウィルビー)は、同窓のクライブ(ヒュー・グラント)とプラトニックな恋に落ちる。
だが、二人は一線を越えず、クライブは弁護士、政治家の道を進み、モーリスも金融の仕事に就く。
クライブは、モーリスの想いを捨てがたいが、結婚をし、モーリスは深く落ち込む。
そこに現れた、猟場番のアレック(ルパート・グレイブス)とモーリスは恋に落ち・・。-
◆感想・・になってません。
・男性同士の恋を描いた映画に初めて触れたのは、彼の「アナザー・カントリー」である。その、余りに耽美的な世界観に、高校生であった(中学生だったかな・・)私は、一気にヤラレタ。
一緒に観に行ったムサクルシイ友人達とは、当然の如く「アナザー・カントリー」ごっこが流行った。(おバカである。)
・その後、邦画、洋画を問わず、数々のLBGTQの映画を観てきたが、汚いとか、不道徳と思った事は一度もない。
私はストレートだが、大学時代に私を”慕ってくれた”友人が居た事が大きいかもしれない。
(流石に、髪の毛を触る程度で、お許しを頂いた・・。)
・恋を抱く相手が、異性である人が多いのは重々承知しているが、人類創世記から同性に恋する人間はある程度の比率でいたのではないか、と思っている。
そして、それを倫理に反しているとか、汚いとか、罪に問うのはおかしいと思う。
<今作では、同性愛者であるモーリスが時代の風潮に合わない自分の性癖に苦悩する姿が、キチンと描かれている。
だが、ジェームズ・アイヴォリー監督はそんな彼の姿を、優しき視点で美しく描き出している。
何よりも、その映像が儚くも美しいのである。
ラストシーンも、とても良いのである。>
■赤江瀑の耽美的な小説群に嵌ったのも、我ながら納得である。
1910年代の英国で
まず、同性愛は、欧米の知識階級必修の古代ギリシャ・ローマ文化では肯定されているが(プラトンはプラトニックのみ)、多数の人々の信仰するキリスト教では原則禁止であること、特に映画の舞台1910年代の英国では、もし誰かに告発されれば作家オスカー・ワイルドのように厳しく懲罰された様子が描かれる。
そんな中で主人公モーリスは同性を愛してしまったのでとても悩み、苦しむ。教会を捨てても有罪であることはどうしようもない。いつまでも結婚に興味を示さないと周囲に訝しまれる。病気ならば治りたいと精神科も受診する。この辺りが特に可哀想だった。
「眺めのいい部屋」と同じ監督ということで、映像もロマンチックで美しかった。
美し過ぎる名作
ヒューグラントの美しさに最初は釘付けになりましたが、話が進む程モーリスの真っ直ぐな愛情、無垢で情熱的なキャラクターの虜になりました。
最初はクレイブ(ヒューグラント)のアプローチからはじまった関係ですが、同じ大学のゲイの先輩が捕まったことから、社会的制裁を恐れて、モーリスに対して距離をおくように…。
その気持ちはわからなくもないのですが、その後連絡も無く突然結婚し、報告の電話も友人の中で8番目だったり、まだクレイブに未練のあるモーリスに好きな女性が出来たと勘違いし、おめでとうと言ったり、クレイブのあまりのデリカシーの無さに途中ドン引きしてしまいました。
ただ、最後、モーリスが別の方を愛していると告白をした後のクレイブの喪失感あふれる表情…
最後のシーンでクレイブが窓を閉めようとした時に浮かぶモーリスの姿。
本当はクレイブもモーリスを愛し続けていたのに、あの時代に愛を貫き通すことを諦めて、自分自身さえも欺いていたのかなと切なくなりました。
歳を取るごとに、自分自身の本当の気持ちを押さえて、世の中に迎合する事ってあると思います。
この映画の前半は、そんな事考えもしなかった無垢な時代を思い出させてくれたし、後半は世の中に迎合しつつも、どこか自分を欺いていく生き方(クレイブ)と、自分を貫いて傷つき迷い苦しみながら進む生き方(モーリス)を魅せてくれます。
自分自身が実際モーリスのように生きていけるか、難しいと思います。
だからこそ、モーリスの存在自体が最後まで魅力的にうつりました。
とってもとっても尊い映画でした。
うーん。切ない
若き日のヒュー・グラントは罪作りなくらい美しい。
20代で周りに異性のいない環境に置かれたら、同性に惹かれるのはよくある事。
自分的にはあの時代であればクライヴの対応はよくわかる。自分の地位や仕事は失えないし。
モーリスの胸苦しい程の思いもよく伝わった。
ラブシーンも極端に過激でないし好感が持てた。
美しい映画。
彼らの愛や悲恋があったからこそ、今、愛の自由が
ヴェネチア映画祭銀獅子賞に輝く、名匠ジェームズ・アイヴォリー1987年の作品。
20世紀初頭のイギリス。ケンブリッジ大に通う青年2人の禁断の愛を描く。
同性愛を描いた作品にありがちな生々しい絡みや濡れ場は無く、2人の関係はプラトニック。
映像やロケーションは美しく、美術や衣装も素晴らしく、話も奥深く、非常に芸術性の高い文芸作になっている。
ごく平凡なモーリスと上流階級のクライヴ。
先に想いを表したのは、クライヴ。やがてモーリスも想いが抑えられなくなっていく。
そんな時、思わぬ事件が。彼らの友人が同性愛の罪で逮捕。
クライヴは弁護士を目指し、母親が決めた女性との結婚の道を選ぶ。
モーリスは同性愛者である事に苦悩しながら、狩猟番の青年と出会い愛し合い、クライヴとの再会や別れを繰り返す…。
キャストでは何と言っても、クライヴ役のヒュー・グラントの美青年ぶり! そりゃあその後、人気スターになるわな…。
お互い心の底では惹かれ合い、運命的な相手。
別れ、それぞれの道や出会い。
切なくも、また別の幸せや愛が。
原作小説は1913年に執筆されたが、スキャンダラスな内容や作者自身も同性愛者だった事もあり、死後の1971年に出版。
後の『君の名前で僕を呼んで』に通じる、偏見に晒されながらも秘めたる想いを貫く者たちへの、アイヴォリーの愛を感じる。
"ラストが秀逸な映画だと言える。 ゲイに生きた主人公がゲイを手にす...
"ラストが秀逸な映画だと言える。
ゲイに生きた主人公がゲイを手にする。自分に正直に生きる気持ちよさがよく描かれていて、その点に関しては、最高。というかゲイ的にもあれだけ美しく恋愛が表現されていれば納得なのではないだろうか。"
名作
中学生?高校生?の時に見たのかしら。懐かしい。邦画にはない映像美に圧倒されたな。大人になって見ても結局誰が幸せなのか… 余計に悩む。今やLGBTと言う言葉が世に出始めても、根本は同じかも。アナザーカントリーも久しぶりに見たくなった…
若きヒューグラントの美しさ
同性愛が犯罪であった時代のプラトニックな美しい作品でした。これこそ若きヒューグラントだ、どーだ!と言わんばかりに美しいです。気持ちを押し殺さないといけないのが切なかった。ラストの窓際のシーンが良かったです。
引きずり込まれた、モーリス
1895年にオスカー・ワイルドが破滅し、フォスターが原作を執筆したのが、1913年なので 死後の出版(1971年)になったのが、わかる
生涯独身で ゲイが足枷になっている
20世紀初頭の英国(フォスター執筆と同時期)
先輩のリズリーが「風俗壊乱罪」なる罪で、世間から抹殺されるのだから、クライブ(ヒュー・グラント)の恐怖も理解できる
リズリーは ワイルドで、クライブ はフォスターというところか
リズリーやクライブには、やや 先天的な資質を感じるが、モーリスは環境によって 同性愛に引きずり込まれた様な気がして、気の毒にも思う
(今後の苦労を思うと… )
リズリーやクライブの 知性や教養、その華やかな存在に眩惑されてしまう モーリス
魅力的な友人を 後追いしているうちに、(後天的)ゲイになってしまった
そして ジャガイモの様に素朴なモーリスに、リズリーもクライブも 惹かれてしまうのだから… (アレックまで… ) 無垢って、怖い
そして、変なオジサンに 迫られたりもする!
リズリーとクライブは 苦しみながらも 自己分析ができ、趣旨替えをしようが しまいが その選択に納得は出来るだろう(たとえ、破滅しても)
置かれた状況を イマイチ理解できていないモーリスに 一抹の不安を感じる
クライブが窓の外を 見つめて ふける想いは
モーリスへの愛か、喪失への悲しみか、
それとも、彼を引きずり込んだ 自責の念だろうか?
無垢で 純粋なだけに 怖さも感じるだろう
(召使たちの観察眼も 怖い!)
無垢で純粋は 美しいが、実社会では「愚かさ」の同義語にもなり得る
自己分析の 出来ないモーリスが 怖い
リズリーの弁護を 引き受けられなかった、クライブの自己保身を 責めることは出来ないが、無垢なモーリスを引きずり込んだ責任(罪)は 本人も忘れられないだろう
いまや、モーリスはクライブの後追いもせず、激情にかられ クライブの 手の届かない所へと、行ってしまった…
運命といえば 運命なのだが
脚本も撮影も、男達も美しい、完成された映画になった
リズリー、クライブ、モーリス、アレックス、皆 ぴったりの俳優を配している
特に クライブ役のグラントは 光と影を持った美しい青年で、モーリスでなくとも 魅了される
ちょっと タレ目の優しい瞳に 知恵(狡さ、保身、とも)が感じられ、クライブの成功を予感させる
ジェームス・アイボリー監督の 人を見る眼と美意識が、存分に感じられる映画となった
駆け出しの、ヘレナ・ボナム=カーターも ちょこっと 顔を見せている
今になってわかりました。
高校生の時に初めて観て、美しさとその切なさに感動し、映画館に通い20回観た作品です。家でビデオでも観ていて母と弟にバレて怪訝な顔された想い出もあります。
プラトニックの純粋さと、でも成就しない切なさに、今で言う胸がキュンとしました。
30年ぶりに観てあらたにわかったことがあります。最後のクライブが窓の外を遠く見つめるシーンです。
昔は、モーリスにサヨナラを想っているのだと考えてましたが、久しぶりに観て違うと思いました。
クライブはきっと、偽りのアンとの結婚をしながらも、モーリスとプラトニックを続けられる、モーリスは永遠に自分のものだと思っていたのだと思います。それが、モーリスは別の愛を見つけて去って行ってしまったので、それが信じられず混乱したのだと思います。最後の大学でのモーリスの回想は、もう一度呼びかけてくれ、なんだと思います。
私にとってのその後は、やっぱりモーリスとクライブは結ばれる、です。今になってわかりました。
というように、この映画は私を構成している一部です。
君がいれば
終盤にモーリスが言ったセリフが全てのような気がしました。
たとえ、罪になろうと、地位や名誉を失おうと、
愛する人が隣にいることが何よりも幸せなことなのでは?
モーリスとアレックは全てをかなぐり捨て、それを貫いたところが素晴らしかった。
あの後に、同性愛が罪にならなかったフランスやイタリアにでも行ったのかもしれませんね。
一方で、クライヴはラストに見せるあの複雑な表情が全てを物語っていた。
窓の向こうに愛するモーリスを思い浮かべながら、
罪を恐れ、家柄を守り、自らを保身し、好きでもない女性と結婚して果たして幸せだったのか、
と自分自身に問いかけているかのようでした。
モーリスとアレックは自分の心に正直になった。しかし、クライヴは社会や自分に勝てなかった。
どちらが幸せな生き方だったのかは、一目瞭然ではないでしょうか。
美しい青年たち、美しい映像、美しい言葉は今も色褪せない。
時代に翻弄された英国美青年たちの
美しくも切ない恋愛模様を描いたLGBT映画の名作だと思いました。
凝った映像と、モーリスの悲哀
建築、衣装、美術と凝っていてとても楽しめます。
映像、音楽も良かった。
ちょっとしたズレが、時が経つにつれて大きく影響してゆきます。
愚かともピュアともいえるモーリスの悲哀。
BLものですが、普遍的な部分を投影して感じる部分もあるような気がします。
イギリスの階級社会やクリケットのことがもっと理解できていれば、よりグッときたのかもしれません。
(特にクリケットのシーンは重要な気がするのですが、よくわからなかった…)
若ヒューグラントたまらん
デジタルリマスターということで。
日の名残りとおんなじ感想ですが、若ヒューグラントかんわいい…
たれ目の美青年が同性愛って、内なる腐り成分を否定できない女の身には、たまらんものがあります。
えー、モーリス(金髪の主人公)は大学でクライヴ(若ヒュー)と出会いひかれあいます。
まあ、かわいらしいいちゃいちゃぶりですが、時は1900年初頭のイギリス。同性愛は犯罪の時代です。隠すしかありません。
そんな折、二人の共通の友人が、同性愛行為を摘発され、逮捕されます。
そのことに恐れをなしたクライヴは、モーリスとの関係を清算し、女性と結婚します。
当然モーリスはショックを受け、結構取り乱します。
クライヴは結婚後もモーリスと友人関係を保ちますが、モーリスとしては自分の性的志向にあらがえないので、クライヴんちの使用人男子と関係を持ちます。
んで、結局モーリスは使用人男子と一緒になったと思います(出国するんだったかなどうかな?)
ついにクライヴはモーリスを失ったというわけです。
話の筋、展開は、正直さよでっかという気持ちです。
ただ、若い人が恋と人生に翻弄されるというのはこういうものだよなっていう普遍を見出し、
1900年初頭(第一次世界大戦前)の同性愛の社会的扱いを思えばの、同情とが沸き上がりました。
また、この映画は1987年の作品ですから、2018年とその時代との差異にも思いが巡りました。
ダウントンアビーの使用人トーマスバローもゲイとして登場し、1910年代から20年代のイギリスにおいて、苦しみながら生きているのですが、
2010年代に作成された物語らしく、ゲイであることを知られながらも生きていけていることと比べても、見ました。
モーリス役の人が、その後のフィルモグラフィーが全然出てこない方で、
いまどうしてはんにゃろかとも思いました。
とりあえず、若ヒューの美貌を堪能したということです。
美しき同性愛の世界
あの時代にLGBTの悲しみを正面から扱った映画があったのだなあと、ぐっときました。英国の上流社会の生活や自然が美しい。水田議員に見せたいくらいだけど、このよさはわかりゃせんだろうな。
それを愛と言うにはあまりにも
自分勝手だった。
時代感がまだしっかり捉えきれなくて、彼は紳士だ、とか紳士はそんなことしない、とか学生時代からの遣り取りと英国的皮肉がごちゃごちゃしててわかりにくいな!?と思ったけどそんな事はどうでも良いくらいの金持ち恋愛模様かつ大学寮とカントリーハウスでの貴族生活がハイソ〜!おまけにヒューグラントの若かりし頃が至宝過ぎて顔が良い〜!!と転げ回りそうになる始末in映画館。20世紀英国同性愛としてあまりにも舞台設定が完璧すぎる…。すれ違い方の時代感が古風で良いですね。
モーリスの苦悩やクライブの冷徹さなど心理的な描写でも感じることはまだまだありますが、兎に角画面に釘付けになる時代感が素晴らしい。
どっちの選択が間違いとかはないんだろうな
リスクを犯して同性愛者として生きるか、自分の気持ちを封印して自分の立場を守って生きてくか。
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願望的にはモーリスと結ばれて欲しかったけどいざ自分が自分の地位全部捨てられるかって言われたらちょっと難しいかなって思うしね。
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それにしても同性愛が社会に悪い影響を与える淫らな行為だってすごい避難されてたけど浮気男の方が何倍も社会に悪い影響を与えてると思う(笑)まぁこの映画の時代おそらく不倫も重罪なんだろうけど。
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理解出来なくてもそういう生き方もありなんじゃないってみんなが思える時代が来るといいですな。
ラストの
窓の外を眺めるクライブが切ない。人を愛する愛することに汚いも罪もないのなと思いながらも全体的に切なくなるお話でした。
最初は上映時間が長いので観ようかどうか迷ったのですがあっという間という感じで面白かったです。
永遠に残るもの
ポスターはヒューグラント推しだけど、モーリス役のジェームズウィルビーの瑞々しさが心に残った。素朴で控えめな学生時代、友人に感化されて少し悪ぶってみる純粋さ、愛を確信した時の無邪気さ、自らの性に苦悩し影を帯びてゆく青年時代。
窓がとても効果的に使われていて、窓から忍び込んできたモーリスは愛を打ち明け、一方でクライヴは最後に窓を閉める。窓の向こうに見えるのは、真っ直ぐに自分を呼ぶ過去のモーリスの姿。おいでよという声に応えられなかった彼のこれからの人生はあまりにも長い。でも確かにあのとき彼らの心が繋がっていたことと、その記憶は永遠だ。
同性愛が描かれてはいるが、誰かと心を通わせたことがあり、それを失ったことがある人ならば、胸に迫るものがある映画だと思う。
クライヴがモーリスにそっと抱きつく姿は、友情と愛情のあいまいな境界のゆらぎがよく現れていて胸を締め付けられるし、モーリスとアレックのお互いを警戒しながらも惹き合っていく流れも緊張感と高揚が伝わってくる。
また、ケンブリッジ大学の当時の学生生活が美しく描かれているのも魅力だ。知的な会話、ふざけ合い、歴史ある校舎、授業での論争…。日本の明治の大学風景もぜひいつかこんな美しさで再現してもらいたい。
上流階級の暮らしぶりもリアルに描かれ、永遠にこの暮らしが続くと思っている彼らの背後で、南米へ移民するなど労働者階級が力をつけつつあり、時代のうねりを予感させている。
上流階級の彼らは使用人を対等な人とは思っておらず、ロボットかなにか、自分のために働いてくれる感情のない存在としていつも接している。
そんな人生を受け入れているわけではないことが、アレックの愚痴によって示唆されている。執事の彼はクレイヴに警告するためにあの話を持ち出したのだろうし、カーペットの泥でモーリスに昨晩何があったのかにも気がついたのだろう。
オープニングの先生の話と、後半の再会の意味がよくわからなかった。モーリスは先生に名前を聞かれ、とっさに「スカダー」と名乗るんだけど。。
「君の名前で僕を呼んで」に呼応するストーリーで、同時期に観られたことがとても幸福に感じた。
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