花嫁の父のレビュー・感想・評価
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いったい何があったのか、と思ったら
映画オープニング早々、荒れ果てたパーティ会場の後、乱れた服装でうなだれる父親。そして語り始める物語。いったい何事だったのかと、思うようなオープニングですが――そう、娘の結婚式があったのです。そりゃあ大変に決まっている。
話の内容はごく普通。大変な事故や事件があるはずも無い。精々、あったとすれば未だ新婚ですら無い婚約者通しの軽い喧嘩。すぐ仲直り。あとは結婚準備と結婚式本番のすったもんだ。ごく普通の乱痴気騒ぎ。特別なことは何も無い。当時の、アメリカの風情という違いはあるのだろうけど。
立派なお屋敷に住んでお手伝いさんまでもいる上流階級。だからこそ大変なのか、いったい何に振り回されているのかと、父親らしく振る舞えるはずも無く、嵐のように駆け抜けていった新婚夫婦。後に残された使い古しの父親がぽつり。はい、お疲れ様。
ホラー表現にも似たシーンがあるのには驚いた。自分の時だけ吹き出すコーラって良く出来てるなあ。そんな、ほのかなコメディのある映画だけど、本当にごく普通の、単なる結婚式までのすったもんだ。それでもまあ、最後には恋女房と懐かしいレコードをかけてダンスを踊るなど、麗しいエンディング、素晴らしい人生ではありませんか。お疲れ様でした。これからも、お達者で。
70年経っても、花嫁の父は同じ
なぜ見たかったかというと。
スティーブ・マーティン主演でリメイクされた「花嫁のパパ」(1991)。
そのシリーズが面白かったのです。
前編にわたって、父親のボヤキ語りで進む話。
娘が結婚してしまう現実を、全編コメディタッチに隠し。
「名前しか知らん奴に、娘は渡せない」だの
「うちはお金なんかないぞ」云々、駄々をこねるところが、あるあるかも。
今作で一番驚いたのは。
当時18歳のエリザベス・テーラーが、びっくりするほどの美しさ。
冒頭でもう目が釘付けでした。ひえーっていうレベル。
100分ほどで気楽に見れて、ちょっとだけうるっと。
若い世代に見てほしいかな。
⭐️今日のマーカーワード⭐️
「一番大事なのは、お前の幸せだ」
花嫁姿がとても美しい
教会に向かう前、エリザベス・テイラーの花嫁姿の美しいこと。時間に追われる父親が言葉を失ってしまうのも納得の姿だ。
最後、祝い客が食い散らかした自宅に残る父と母。二人がレコードに合わせてダンスを踊るエンディング。改めて関係を作っていく二人の姿がとても良い。
本人たちより親が大変な結婚
タイトルだけ見ると、「小津監督の映画みたいな嫁に行く娘を思う父親のドラマかな…」などと思ってしまうが、小津監督のような情感たっぷり…というよりは、アメリカ映画なのでかなり現実的なエピソードも描かれる。
父親がスペンサー・トレイシー、娘がエリザベス・テイラー(若い!)、母親はジョーン・ベネット、その他大勢が出演している結婚騒動を描いたコメディタッチの映画。
この映画を観て意外だったのは、父親役のスペンサー・トレイシーがコワモテながらも喜劇も演じているあたり。
本作で描かれている結婚式・披露宴などは、結婚する二人よりも親の方が大変というのが、面白い。
父親役のスペンサー・トレイシーのセリフ「娘が結婚すると早く言われても『まだ子供みたいなのに大丈夫か?』と思ってしまうし、娘がなかなか結婚すると言わないと『結婚しなくて大丈夫か?』と思ってしまう」というのは、確かにあると思う。
なかなか楽しめる映画であった。
我が家では「娘は生涯 娘のまま」は妻の台詞かも…
全くの知識外の作品だったので、
本来は観ることのなかったはずだったが、
たまたま最近エリザベス・テーラー主演の
数作品を観ていて、
その彼女の出演を知って
NHKの放映を機に初鑑賞。
しかし、私的には残念な鑑賞だった。
エリザベス・テーラーは美しさの頂点の頃の
作品なのだろうが、
この時の実年齢の18歳には見えないのは
彼女にハツラツさの欠けているのか、
美し過ぎて親近感が湧かないのか、
ヘップバーンやグレース・ケリーとは
異なる印象を受ける。
いずれにしてもなにせ主役はお父さん。
娘役が彼女である必要性や存在感を
強く感じさせられることはなかった。
さて、この作品、コメディとはいえ、
自宅での婚約披露宴や披露宴の準備、
教会でのリハーサル、
そして自宅での披露宴、
その全てのシーンにおいて
トラブルや混乱が大袈裟に
しかも延々と演じられ、
下手な舞台劇を観ているようで
興醒めしてしまった。
折角の名優スペンサー・トレーシーが
演じているにもかかわらず、
「老人と海」では原作を超える彼の演技を
引き出せずにいたように、
この作品でもヴィンセント・ミネリ監督の
ミュージカル演出志向を持ち込んだ結果、
そのデフォルメ感に埋没して、
彼を生かし切れていなかったように思える。
ついつい「招かれざる客」での
スタンリー・クレーマー監督の演出で
見事な演技をみせたスペンサー・トレーシー
と比べてしまう。
結婚式のシーンでの
娘がバージンロードを戻る際に
父親と目線を合わせるシーンでは
流石に涙腺が緩んだが、
ラストシーンでの父親の台詞、
「息子は嫁をもらうまで、
でも娘は生涯 娘のまま」
は、義母と妻、妻と娘の親友同士のような
特別な関係を見ていると、
女の親子同士は正にこの台詞通りに
実践されていると感じる中、
自分と娘の関係になると、
「娘は生涯 娘のまま」となってくれるかが
途端に自信がなくなり、
緩んだ涙腺も閉じてしまった。
典型的な父親像
娘を嫁に出す父親の心境を綴った結婚式までのドタバタコメディ。典型的なアメリカの中流家庭がベースだし、相思相愛、家族愛にも恵まれて、厄介と言えば披露宴の準備くらい。おそらく観客のほとんどが自身と照らしてあるあると共感するであろう平凡なストーリー。
嫁に出す父親の複雑な胸中を描いた映画では、小津安二郎監督の「晩春(1949)」が頭に浮かぶが日本人の感性としては小津作品の方が深みが勝っているでしょう。
本作の花婿は非の打ちどころがない好青年でしたが、スペンサー・トレーシーさん遺作の「招かれざる客(1967)」では花婿が黒人という社会派ドラマの趣なので同じ花嫁の父でも悩みは雲泥の差だったでしょう。本作では、まさか、そんな役回りが訪れるとは微塵も思わず、陽気に演じていて感慨深いです。
父親の出番は終わった
期せずして うるうる
子供たちの成長は早い。
息子たちの旅立ちについては、父親の自分から言わせれば「何処となり勝手に行ってくれ、どうせなんとかなるだろう」と野生動物を自由の野に放つような感覚なのだが、
女の子については、そうはいかない。
スペンサー・トレイシーが、
バタバタとまとまる娘の結婚話に翻弄されていて、心の準備も整わぬうちに娘を手放す 健気な父親像を演じる。これがまったく可笑しみと寂しさをないまぜにした素晴らしい演技なのだ。
残り少ない時間を惜しんで娘には声をかけ、
相手の青年の前ではどうしても威厳を保ちたいし、
妻と自分との結婚を振り返っての語らいは貴重な一時。
そして相手方の両親と初めて会うことの これも半端ない緊張・・
どれもこれもフル回転でこなさなければならないわけで、そんな父親を式当日まで滋味あふれる映像で追っていくのだ。
式の当日、花嫁を見つめる父親の表情よ! 映画を観ている僕のほうが感極まって、胸が詰まってしまったではないか。(笑)
・・・・・・・・・・・
ずっとスペンサー・トレイシーの一人語りが物語を牽引します。ついぞ脇役にされてしまう男親ですが、娘の結婚において、父親の胸中にもこれだけの大事件が起こっていたこと、
― それをよく描きだしてくれましたね。
思い起こせば、我が義父も、よくぞどこかの馬の骨(=僕のこと)に結婚を許してくれたものだと、今更ながらの感動ですよ。
で、うちの娘?
ぜったいに、ぜったいに、誰にも渡しませんぜ😤
娘を持つ父親の描写は古今東西を問わず似たようなものなのだろうか。...
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