バッファロー'66のレビュー・感想・評価
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ダメ男子の妄想っぽい物語が面白くもあり、モヤつく気持ちもあり…
◯作品全体
身もふたもなく言ってしまうと、ダメな男の妄想みたいな作品だった。
出所してきたばかりのビリーは、いわばなにもない人間だ。帰る場所は仲の悪い実家しかないし、確実にあるのはキックを外したアメフト選手への憎悪だけ。しかもワザと外したなんていう、陰謀説めいた噂話をきっかけにした憎悪で救いようがない。そう、家庭環境や本人の性格含め、ビリーはまさしく救いようのない男なのだ。
さらにレイラとの出会いは「無」どころか脅しと拘束によってマイナスからのスタートだが、「無」に打ちのめされたビリーの言うことをレイラは無条件で聞き入れてくれるうえ、好意を寄せてくれる。…うーん、なんというか、欲求不満の人間が3秒で考えついたようなプロットだ。
それでも復讐という本懐は譲れない(というところもやけに漢気臭くて妄想っぽい)と、アメフト選手の目の前まで行くがレイラの愛の力が憎悪に打ち勝ち、二人幸せに添い寝して終わる。やはり妄想みたいなラスト。
レイラは、ビリー自身も作中で口にしていた「天使」という言葉がふさわしい。救いようのない人間を救ってくれるのは人間ではなく天使なわけだ。天使はもちろん実在しないので、そういう意味でも「妄想っぷり」を楽しむ映画なんだろうけれど、ビリーの人間性がかなりノイズだった。ビリーがこの日に限ってツイてない人間だったり、性根は良いやつみたいなエピソードがあれば違ったのかもしれない。しかし罪を背負わされたのは自分のせいだし、友人に対してナチュラルに蔑称で呼んでるし、これからも愛の力によってすべてを解決できなさそうな感じがする。ダメ男の「愛している」は信頼できない。
さらに、本作は ヴィンセント・ギャロ監督の実際あった出来事からインスピレーションを受けて作られたんだとか。そうなるともう、ダメ男とかどうとかじゃなくて、モテるクズ男の物語みたいな感じになってきて、「こういう悪態つきたくなる日もあるし、それを救ってほしい日もあるよな…」みたいな感想もルックスの壁によってチープな感情になり果ててしまった感がある。
ビリーをのクズっぷりにモヤモヤするところはあれど、空から美少女が降ってくる作品特有の、妄想設定とキャラの魅力でガンガン進めていく展開は楽しい作品だった。
〇カメラワークとか
・家族との食事シーン、主観で他三人を映すっていうのをそれぞれの人物でやっていて面白かった。面白かったけど位置関係がわかりづらくてすごく混乱した。
・回想や空想のシーンを小さい画面から拡大していく演出が面白かった。2,30年前のバラエティ番組とかではよく見たけど、最近はめっきり見なくなった。
・一番笑ったのはホテルで横たわる二人を俯瞰で撮るカット。レイラはリラックスして寝てるのに、ビリーは斜めに姿勢正しく寝ていて、その姿勢がギャグっぽくて面白かった。
・ラストカットのハッピーエンドな止めカットは恋愛シミュゲーのスチルっぽくて笑ってしまった。
・ヴィンセント・ギャロ監督は小津ファンでFIXのカットが多いのはその影響らしいけど、なんか本質ではないFIXな気がする。個人的には小津作品のFIXの良さってレイアウトの良さの強調にあると思ってるから、ぼんやりとしたレイアウトにFIX使ってもなあ…となってしまう。家族のシーンに尺を使ったのも小津作品の文脈なのかもしれないけど…。
〇その他
・ホテルのシーンでビリーが他者と壁を作る臆病な人間であることがわかる。これを見て「そうだよな、人と近付くのって怖いよな…」と共感したけど、「でもヤンキーとか不良もビビってるからオラつくんだよな…ビリーも同じだな…」と考えてしまってすぐに共感が冷めた。
・ラストシーン、個人的にはすごい驚いた。ホテルの部屋を見た時に灯りはあれどレイラの姿は見せないし、ドーナツ屋でウキウキになってるビリーに結構な尺を割いていたし、これはもうホテルに戻ったらレイラが居ないパターンだなと思っていたらあっさりハッピーエンドだった。
・なんといってもレイラ役のクリスティーナ・リッチの魅力。着てる服がそうさせるのか、ちょっとぽてっとしたスタイルもかわいらしいし、ビリーへの心配りを感じる視線の送り方もとても良かった。タップダンスのシーンは謎だったけど、クリスティーナ・リッチが魅力的なので謎でも全然良い。
クリスティナ・リッチだからレイラは成り立ったのかもしれない
ポリコレ的な失態が致命傷にならない不思議
別に恥ずかしがることではないので勇気を持って言うと、1999年の日本初公開時にはマスコミ試写会で観てブッ飛ばされ、こけら落としのシネクイントに足繁く通い、サントラを繰り返し聴き、DVDを買い、ギャロの画集を買い、ライブで来日した時には渋谷クアトロまで観に行った。自分だけでなく多くの人がそれくらいギャロの才能に夢中になったし、映画史の汚点ともいえるやらかし映画『ブラウン・バニー』でさえ、但し書きを付けて擁護したい気持ちは今もある。
しかしギャロ自身のキャリアは、本人の問題発言や(世間一般的には)奇行のせいか、いや、おそらく『ブラウン・バニー』が致命傷となって失速していった。いまをもって長編監督作はこの2作しかなく、いい加減、ほとぼりも冷めただろうと思っていたところのリバイバル上映。しかし、これで再評価の波が!とは問屋がおろさず、なんとトランプ信者となってSNSに罵詈雑言を投稿しはじめたのだから、相変わらず厄介な人である。
ただ、厄介なのは、この映画のビリーとて同じこと。ビリーのその後があるとすれば、やはりいじけたり癇癪を起こしたりしながらトランプ信者になって、議事堂侵入事件のニュースを観て快哉を叫んでいたかも知れない。そんな姿はいとも簡単に想像できる。その傍らに、レイラがいるかどうかはわからないが。
つまり、この映画は、普通なら絶対に仲良くなれないし、なりたくないような男を主人公にして、抱きしめてやりたくなるような共感を呼び起こす力を持った作品だったのだ。だからこそ、その後のギャロがどれだけどうしようもない発言をしても、映画の中のビリーは愛せるし、彼に対して過度な期待をすることもない。どうしようもない人間だって、映画の主人公足り得る価値があるのである。だからこそキャンセルカルチャーの波にも負けず、くそったれのまま、映画としても輝き続けるのだろう。
バッファロー'66
公開当時に見たかった
冒頭、トイレを探し続けるビリー。女性を拉致するくらいなんだから、刑務所の塀にでも立ち小便すればいいのに妙な所で律儀で小心な顔が出てくる。
ビリーの父親がレイラの前で歌を歌うシーン等、いくつか面白い所はあった。だが、他はだらだらと言い訳がましい内容が続く、まるで冒頭のトイレ探しの様に…。終盤、ようやくぶっ放したかとスッキリしたら、それで終わりではなく…。何とも言えない消化不良感が残ってしまった。
これは多分、ビリーとレイラの未来、または彼らに子供ができたとして、その子に明るい未来が全く見えなかったからだと思う。つまりは、ビリーにある時期の自分と重なる部分を見出してしまったんだろう。でもこの映画は、この終わり方がきっと正解だと思うから仕方ない。
カッコいいシーンもたくさんあって、公開当時に見ていたら全く違う印象を受けたのかなと思う。何かもう少しでドストライクに来たのにという気分で映画館を後にした。
ちょっと危なっかしい大人のお伽話
最近、Filmarksの広告で目にする機会が多かったので、観たくなり、四半世紀ぶりに視聴。
自信がないので、イキることでしか自分を保てない、童貞男ビリーの奇跡的な出会いを描いた、ちょっと危なっかしい大人のお伽話。
画面内に別画面をコラージュしたり、90度ごとに画面を切り替えたり、明転の連続で早送りのような効果を出したり、ここぞというところでストップモーションを使ったりと、今観てもクールな表現が光る佳作。
<以下、内容に触れます>
・冒頭の出所のシーン。雪が積もっているのに、半ケツをだすような格好をしていて、「冷えるぞ」と思っていたら、案の定トイレに行きたくなるビリー。
トイレに行きたいのに行けない人って、観客は観ているだけで感情移入してしまうので、映画やドラマの設定として、すごい発明なのではなかろうか。
・ところが、そんな同情をぶち壊す、レイラへの強引な誘拐。出所シーンから始まっているので、どれだけ凶暴な犯罪を犯した男なのかと、観ている方は身構えるが、だんだん「こいつ口だけのイキり野郎だな」ということがわかってくるなど、主人公の見え方がコロコロ変わっていくところがおもしろい。
・誘拐されたレイラも、スキは山ほどあるのに逃げないのは、ビリーのそうした本性が見えちゃったので、ちょっと面白がっていたのかもしれないし、ちゃんと描かれてはいないが、彼女自身もあまり幸せな環境で育って来なかったために、ビリーの気持ちが手に取るようにわかったのかもしれない。(あの、ボコボコで、フロントガラスも汚れまくったトヨタに平気で乗っている時点で、かなりの天然ということなのかもしれないが)
・笑えるほど両親が自己中で酷い。親父なんて、ビリーへの冷たい態度から継父なのかなと思わせておいて実父だったし、母親は、息子のアレルギーを覚えてないって、どんだけネグレクトしてきたのだろうか。冒頭の写真が、あの家のたった一枚のビリーの写真だったとは。
・なのに、スカしながらも母親に認めて欲しいビリー。結局、ムショ行きのキッカケも、母の贔屓チームに大金をベットした結果なんで、彼の不幸のもとは愛情を与えて来なかった親の方にあるのに、金の力を借りてでも、彼の方から愛情を求めようとするビリーのいじらしさが哀しい。
・粗野な言動と対照的に、ベッドのシーツといった小物で、ビリーの細やかな心づかいを表現する演出が好き。
・他者に委ねられないので、触れられることも受け入れられないビリー。それは、愛着不足と男性性への自信のなさが混じりあってのことだと思うが、少しずつレイラに距離を縮めてもらっていく様子が胸にせまる。
・ただ、その感情は男の側からの一方的な感傷で、レイラに都合よく願望を押し付けているだけかもしれない。でも、自分などは、一頃の我が身を思い出して、身悶えするくらいよくわかってしまう。
・片思い相手のウェンディのクソっぷりと、そのフィアンセの見下し目線へのイライラのさせ方の演出がうまい。そして、そういう2人の振る舞いに反抗できずに逃げてしまうビリー。観ていて、忘れていた昔の個人的なトラウマが、思わず蘇ってしまった。
・ボーリングだけは自信があった主人公が、マシントラブルの後ガターを出して、レイラに笑われてしまいムキになるシーンも出てくる。きっと明日以降は、失敗しても笑い飛ばせるようになることだろう。
今作はお伽話だけど、それだけ、人に愛してもらった経験というのは大きな自信になるんだよということがストレートに描かれた、いい作品だと思う。
何よりもレイラがかわいい。
2人ともお幸せに。
きっかけ一つで人生は変わる
女性は痩せていればkawaii?
初見は忘れたが、二回目は、四年くらい前に渋谷で見た。
「胸の大きな女性はウマシカだ」って、このコケティシユな女の子を見て偏見を抱いたものだ。
マリリン・モンローの再来と思ったくらいだ。
実はこの映画を見て、このサイトにレビューを書き始めた。
だから、以前レビューを書いたかもしれない。消された可能性もあったので、改めて3回目の鑑賞をした。
kawaiiよね。小津安二郎っぽい事をしてるけど、やっぱり違うよね。
僕の数少ない友達だった人に勧められて、初見は見に行った。
追記
実は今回なぜ見る気になったかと言うと、イギリスのマンチェスターと言う街でバスを待っていて、ピーが我慢できなくて、かなり人が集める場所で後ろ向いてP〜ってやっちまったので。見てみた。
でも、僕にはレイラちゃんもウェンディさんも現れなかった。
年取っておさらい
子供の頃(10代)見てかっこいーっておもってた映画を年取ってから、おさらいしてみた🥰
子供の頃はただカッコよく見えたヴィンセントギャロのダメ男っぷりが目立った🤣(30代w)
でも、そのダメ男っぷりが今は愛すべく愛おしい🥰(付き合いたくはないが)
でも彼女は惚れる!w若さゆえなのか!w
ラストはダメ男なお陰でハッピーエンドで良かった🤣w
結局ヴィンセントギャロはカッコよかった😍w
この頃のギャロの勢いたるや。
可愛くて愛おしい宝物のような映画
初鑑賞!なんでもっと早く観なかったんだろう〜!
心が動かされたとか、人におすすめしたくなるとか、そういう映画では私にとってなかったけど、自分の中に宝物としてそっととっておきたいような映画だった…
どうしてなのだろう…
ビリーがどうしようもないと思われてしまうようなキャラクターだけど、もがいていて、憎めなくて、可愛くて、愛おしい人物だったからかなぁ〜
刑務所帰りで…とか誘拐のくだりとか、スコットを殺すつってピストル持ってのくだりとか、不穏な雰囲気もあったけど、なんだかんだでビリーも周りの人々もとっても優しくて、「愛は全てを救う」みたいなあったかい話だったのも良かった。
実家に行った時に、「この親があったビリーがあるんだな」と納得な感じだったのもよかった。ビリーが、ずっとなんとも言えない顔をしてるのも可愛かった笑
言い合いとか両親の癖とかが絶妙に毒親っぽいんだけど、やっぱり両親も憎めない可愛さがある。
ラストのビリーの浮かれ様も、とーっても可愛かった。
男は女
変わり種な感じ 面白かった
ハッピーエンドでよかった。レイラの真っ直ぐな愛にも靡かないかと思った。そこはレイラが見込んだ通りビリーが心根が優しかったということか。。
レイラがなぜビリーを受け入れて好きになったのかわからないけど、描かれていないところで、レイラにも暗いバックグラウンドがあって共感できるところがあったということだろうか。
ビリーの人物像は、目を背けたくなるような人間の弱い部分を凝縮して突きつけられてる感じがして、ずっと居心地が悪かったけど、本当の愛に触れると変われるんだな。
あとはレイラがすごく可愛い。あどけなさが残りつつ綺麗な感じ。
スローモーションとか、血飛沫のところとか、絵が見ていて面白い、惹きつけられる映像になっていた。
バッファローに狂わされた男
主人公の人格と物語に整合性が感じられない。 ★2.9
私には特に前半は見るのが辛い作品でした。 あり得ない最低人物像で意外性を強調し、その人物を好きになる少女が、これまたあり得ない言動でほぼファンタジー・・。
瞬間湯沸かし器で身勝手、"他者への配慮"なんて言葉は、この者の脳内に存在しない。 そして出獄して1時間以内に犯行。 流血暴力こそ振るってないが、性格はほぼ獣な主人公。 分析せずとも、まともなコミュニケーション等出来る様な人物ではない。
それにダンススクールに通っている様な少女が惚れるという脚本が唖然で無理筋。
私も10代~21歳位までは、作品の出来に関係なくとにかく沢山の映画を見た。 当時はレビューサイト等勿論なく、作品を点数で評価する事もなかった。(映画雑誌の論評にはあったかも)
なのでその当時なら、「へ~とんでもない主人公・・」ぐらいにこういう作品でも普通に見れたかもしれない。
が、いつしか年齢を重ねると、作り手側の思惑が見えたり、あり得ない設定や本筋以外での興味を引く事が多いあざとく感じる作品は、視聴が辛くなって来る。
今作も、遠ざけたくなるような主人公や、ほぼ病的な両親のシーンが続き、前半でリタイヤしようかと・・。
でも★平均が高い理由が後半以後にあるはず・・と続けて視聴。
たしかに後半は物語が進展し、心境の変化にSEXY描写やストップモーション映像などの見所が加味されているが、身勝手人物を信頼している親友の存在など、整合性が会わない脚本に違和感は払拭されず、感情が大きく動く事はなかった。
少女の「最後になりそう・・」との目の潤みが、犯行を留ませたと思える感動ポイントだが、それまで何一つの思いやりを示していない主人公にそれほど傾倒するのに無理を感じた。
尚この女性(クリスティナ・リッチ)が作中は27歳と語っているが、どう見ても16~17歳、(欧米人ならもっと若く見ているかも)演じた女優さんも当時18歳位。 主演ビンセント・ギャロは当時36歳ぐらい。 この年齢差をまったく表現していないのにも違和感。
ギャロ本人の監督・脚本・主演・音楽だが、選曲のセンスはよしとするも、思いつきを沢山詰め込んだ・・ぐらいにしか私的には感じずでこの評価に。
ほんっとにダメなんだけど…
男の勝手で話が進むような映画
なので、序盤の展開が本当に駄目なんだけど
だけど、めちゃくちゃ面白いのだ……。
無駄に時間をかけてたっぷりと両親と食事するんだけど、ここの面白さか本当に堪らなくて。
大真面目に撮っている感じだから、余計に。
どんどんビリー・ブラウンの化けの皮が
剥がれていく感じが面白いのよな…。
母親も父親も強烈で。
もう熱々のホットココア頼む感じとか、
プリクラとかボーリングに時間かかるのとか
すべてが愛おしくなってくるのよなー。
ちょっとトゥルーロマンスに感覚的には近い。
ラストの妄想シーンからの
ビリーの吹っ切れ具合もまあ最高で。
ハートのクッキーとかさーかわいいかよ
あの先がもっと見たかったけど、
あれ以降はつまらなくなっちゃうんでしょうかね。
想定外の不思議な面白さにやられた一作でした。
面白かった
共感できるかどうかでイメージが変わる奇妙な関係
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