劇場公開日 1998年7月25日

スウィート ヒアアフター : 映画評論・批評

2020年9月8日更新

1998年7月25日よりロードショー

スクールバスの悲劇に重なり合う「ハーメルンの笛吹き男」 カンヌ受賞の傑作群像劇

2020年6月19日、英俳優イアン・ホルムが亡くなった。「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズのビルボ・バギンズ、「エイリアン」のアッシュ……映画界への多大な貢献は、言うまでもない。訃報に際し、真っ先に脳裏を駆け巡ったのは、アトム・エゴヤン監督にカンヌ国際映画祭(第50回)グランプリをもたらした「静かなる名演」だった。

ラッセル・バンクスの同名小説(邦題「この世を離れて」)を基に描かれるのは、雪深い小さな町で起こった悲劇だ。スクールバスが凍った湖に転落し、大勢の子どもたちが犠牲に。唯一生き残ったのは、女性運転手ドロレス(ガブリエル・ローズ)と少女ニコール(サラ・ポーリー)。集団訴訟を画策する弁護士スティーブンス(ホルム)が、子を失った家族を訪ね歩くうちに、住人たちの奇妙な関係性が浮き彫りになっていく。

物語の推進力となるのは「スクールバスの転落は、単なる事故だったのか、要因が介在する事件だったのか」というもの。この全容が「スティーブンス、町の人々の回想による過去」「スティーブンスの訴訟工作(95年)」「スティーブンスと娘の旧友との交流(97年)」という時制で描出されるのだが、遺された人々の記憶や思いによって、明白だったはずの真実は曖昧模糊なものへと変容してしまう。利益を生む誇張、平穏と愛への渇望、同情と罪悪感、そして復讐心。「いつも通りの日常も、愛する子どもたちも、決して戻ってこない」という事実の上に築かれた答えが、虚しい余韻を残す。

画像1

エゴヤン監督が付け加えた「ハーメルンの笛吹き男」というエッセンスも印象深い。ホルムに負けず劣らず、凄まじい芝居を見せつけるサラ・ポーリーの“声”によって、同伝承がちりばめられていき、物語は童話的色調を帯びていく。そして“笛吹き男”のイメージはさまざまな事象に重なり、鑑賞者の想像に委ねる語り口によって、多義的な読みを可能にさせている。

サブストーリーとして描かれる「スティーブンスのバックグラウンド」も、鑑賞者の探求心を刺激するポイントだ。執拗に電話でアプローチをしてくる娘、飛行機の中での偶然の出会い、唐突に発露する喪失感。唯一の部外者だった男は、いつのまにやら、町の悲劇に取り込まれていく。彼に一体何が起きたのか? ホルムは表情や視線の揺らぎによって、スティーブンスの過去と現在の連なりを体現してみせている。セリフやト書きに挟まれた「間」が、最もドラマティックでスリリングに思えてしまうような傑作だ。

岡田寛司

Amazonで今すぐ購入

関連ニュース

関連ニュースをもっと読む
「スウィート ヒアアフター」の作品トップへ