劇場公開日 1955年11月22日

「死ぬのは仕方ない。だが殺されるのは嫌だーっ!」生きものの記録 きりんさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0死ぬのは仕方ない。だが殺されるのは嫌だーっ!

2021年5月24日
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鑑賞方法:DVD/BD

若い妾の家で、
黒い雨と稲光りの閃光・・
と、突然の雷鳴

小さな息子に飛びかかり、全身で覆い被さって“ピカの熱傷と爆風”から幼な子を守ろうとした中島喜一(=三船敏郎)。あれは本物です。

僕たちは知っているではないか、空襲のグラフ。黒焦げの赤ん坊。爪を全部剥がして土を掘った母親が赤ん坊に被さっている写真を。

1955年公開。
広島と長崎から10年後に作られたこの映画は、その記憶が生々しいままに撮影されている。
この前の年が第五福竜丸だ。

水爆が怖くてどうしようもない一人の男を、カメラが追う。

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家裁の裁判長、調停員、書記官、
この四人の長い協議のシーンが素晴らしい!
沈黙、呻き、口ごもり、言い出しかけようとする時の首の動き、しかし別の人間がそこに呟きで割り込む。
ふと顔を見合せ、また無言でうつむき、立ち上がり、覗き込み・・

胸から上の四人の構図が、ロダンの彫刻・カレーの市民のように、人間の苦しみの内奥を滲ませている。

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父親を狂人と呼ぶ子供たちは、太平洋戦争の加害も被害もどこへやらだ。劇中、お金の計算とそろばんのシーンが多くて唸ってしまう。
息子世代のあの姿は、あっという間に日本の戦争被害や原子爆弾の悲劇を忘却し、朝鮮戦争特需で金儲けに沸き立っていた頃の日本人の姿そのもの。

中島は「ジョニーは戦場へ行った」のジョニーと同じく病院に幽閉された。
子らによって。社会によって。

原爆と水爆を見た中島の、イデオロギーやプロパガンダではなく、彼の実体験からくる恐怖と生理的拒絶反応までが世の中から嘲笑われる。

中島だけではない、裁判官も調停員も精神科医も一様に、彼ら戦争体験者の父親世代が、高度経済成長の金の力と、息子世代の発言力の高まりの前に、とうとう押し潰されて、生きる場を追われて、口を閉ざされていく。

「そんなことより金だ」の風潮と同調圧力は、自分まで変人扱いされることへの恐怖から親世代を黙らせるのだ。
このようにして1955年という年は、世代間の断絶がこの頃にはどうにもならなくなっていった頃なのだろうと感じさせる。

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今でもにわか雨が降ると、ふと思い出す・・
僕も小学校時代、「今日の雨は放射能の雨なので濡れないように下校して下さい」と何度も何度も担任から言われて育った。
アメリカとフランスとイギリスが 南太平洋で死の花火を競っていた頃だ。

今年は福島第1原発の事故から10年。
福島からの強制避難と自主避難民のニュースはとんと聞こえなくなり、“復興五輪”をなんとかごり押しで開催しようとする政府は
お金 お金 お金の話ばかりだ。

核兵器禁止条約に日本は加盟していないというギャグ。理由はこれも金なのだ。
映画は問うている、やはり正常なのはたった一人中島さんのほうだったのではないかと。「なんか変だと感じるなら黙っているな!」と黒澤明は鑑賞者に問うているのだ。
中島を石棺に閉じ込めようとする得体の知れないマモンの力は、今もまさに我々を閉鎖病棟に追い込もうと迫り続けている。

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【追記】
僕の母は、口を酸っぱくして言っていた ―
逃げなさい。
殺すな、
殺されるな、
殺させるな。

映画を観て思い出した歌は
加川良の【教訓1】だ

=渡辺謙の娘 女優の杏が、母親として自分の子供のために、ギターを弾きながら語り聞かせる動画がアップされている=。

一緒にブラジルに逃げますと言ったのは冒頭に記したあの若い妾だけだったなぁ。
杏の歌、これはブラジルへ逃げようとした中島喜一への絶対的肯定。賛歌だと思います。

【教訓1】
作詞:上野瞭・加川良   作曲:加川良
1970年第2回中津川フォークジャンボリー

命はひとつ
人生は1回 だから命をすてないようにネ
あわてるとついフラフラと
御国のためなのと言われるとネ

青くなって しりごみなさい にげなさい かくれなさい

御国は俺達死んだとて ずっと後まで 残りますヨネ
失礼しましたで終るだけ 命の スペアは ありませんヨ

青くなって しりごみなさい にげなさい かくれなさい

命をすてて 男になれと 言われた時には ふるえましょうヨネ
そうよわたしゃ女で結構、女の腐ったので構いませんよ

(腰抜け ヘタレ ひ弱 で結構 どうぞなんとでもお呼びなさいヨ)

青くなって しりごみなさい にげなさい かくれなさい

死んで神様と 言われるよりも 生きてバカだと 言われましょうヨネ
きれいごと ならべられた時も この命を すてないようにネ

青くなって しりごみなさい にげなさい かくれなさい
青くなって しりごみなさい にげなさい かくれなさい

(※3番の歌詞は今では少し書き換えられている)

きりん
きりんさんのコメント
2021年5月24日

逃げる兵、徴兵忌避については「ロングエンゲージメント」へのレビューで触れました。

きりん