「蟲毒の壺から解き放たれる優しき蝶の物語」カラーパープル(1985) ケンイチさんの映画レビュー(感想・評価)
蟲毒の壺から解き放たれる優しき蝶の物語
黒人差別 × 女性差別 + 未成年近親相姦レイプ + 人身売買 + 家庭内暴力 + 虐待 + 強制労働 + 醜貌侮蔑 + 貧困 + 無教養。
そんな感じでストーリーが始まりました。
「蠱毒」ってあるじゃないですか。壺の中にヘビとかヒキガエルとかムカデとか蜘蛛とか蜂とか、ありとあらゆる毒属性の生き物を詰め込んで共喰いさせて生き残った最強毒生物をおまじないに使うっていうヤツ。
あれですよ、あれ。
毒、毒、さらに毒、また毒、もっと毒。毒虫が毒虫を食い殺して生き残る世界ですよ。地獄よりおぞましい環境で、いくらでも陰鬱・凄惨に描くことが可能な状況です。
でもこの映画、お花畑で戯れる幼い姉妹のシーンから始まるんです。天国みたいなシーンですよ。
美しい色彩、朗らかな音楽、あどけない仕草、無邪気な戯れ、コミカルなアクション…ありとあらゆる手段で極力マイルドに仕上げていますが、ストーリーを客観的に受け止めると、そのエグさは尋常じゃないですよ。
この物語は要するに主人公セリーと、ヒロインポジションの妹ネティ、準主役的な歌姫シャグと女傑のソフィアが登場し、今からおよそ100年前、20世紀前半の黒人女性解放の歴史を辿っていく話だと理解しました。
さらにモチーフとして同性愛も取り扱っており、もう凄まじくエッジを効かせやすい要素のオンパレード。
それから黒人音楽の変遷も取り扱っているというか、ブルース、ジャズ、ゴスペルといったジャンルの歌曲が次々と登場する音楽映画にもなってました。
これだけ険しいテーマてんこ盛りの作品なのに、スピルバーグはおよそ2時間半の煌めき映画に仕立てたことが凄いです。
そうでないと皆が見ないでしょ。
これだけのテーマを取り扱ってもこの映画、レイティングの制約ないんですよ?
あらためてスピルバーグって凄えな…って思いましたよ。
公開当時、色々やいのやいのとイチャモンが付いて、アカデミー賞も取れなかったとかなんとか、そういう話も伝え聞きますが、誰が何と言おうと良いものは良いってタイプの名作だと思います。
この映画、4人の女性たちの美しい魂が地獄の底から解放されていくお話だと理解しています。
主人公セリーの「優しい魂」、ヒロイン ネティの「信仰の魂」、歌姫シャグの「自由奔放の魂」、女傑ソフィアの「誇り高きファイターの魂」。4つの魂が蠱毒の壺の中から解き放たれてカタルシスをもたらすんです。まさに「魂の浄化」。
ミュージカル映画としてリメイクされると聞いて、何度か繰り返し見ましたが、重ねて見るたび、理解が深まるたびに涙の量が増えてます。
レビューを書くにあたって、良い機会なので基本情報を調べてみました。
監督:スティーヴン・スピルバーグ(1946年生、公開時39歳)
脚本:メノ・メイエス(1954年生、公開時31歳)
原作:アリス・ウォーカー(1944年生、公開時41歳)
原作小説:アリス・ウォーカー『カラーパープル』1982
製作:スティーヴン・スピルバーグ
キャスリーン・ケネディ(1953年生、公開時32歳)
クインシー・ジョーンズ(1933年生、公開時52歳)
フランク・マーシャル(1946年生、公開時39歳)
出演
・ウーピー・ゴールドバーグ(1955年生、公開時30歳):セリー(主人公)
・マーガレット・エイヴリー(1944年生、公開時41歳):シャグ・エブリー(歌姫)
・オプラ・ウィンフリー(1954年生、公開時31歳):ソフィア(女傑)
・アコーシア・ブシア:ネティ(妹)
・ダニー・グローバー(1946年生、公開時39歳):ミスター
・ウィラード・ピュー(1959年生、公開時26歳):ハーポ(ミスターの息子)
・レイ・ドーン・チョン(1961年生、公開時24歳):スクィーク(ハーポの新恋人)
・ダナ・アイヴィ(1941年生、公開時44歳):市長夫人
もう…凄い人ばっかり…。ため息が出ます。
プロデューサーのスピルバーグ、キャスリーン・ケネディ、フランク・マーシャルだけでも凄まじいヒット・メイカーのスペシャルチーム。
さらにもう1人のプロデューサー、兼音楽担当のクインシー・ジョーンズは元々ジャズのトランペッターで、その後アレンジャー、作曲家、音楽プロデューサーとして成功を重ね、一番わかりやすいところではマイケル・ジャクソンの「スリラー」をヒットさせた人であり、もうポピュラー音楽の世界では別格も別格、大御所中の大御所、伝説の音楽家ですよ。
原作者のアリス・ウォーカーという人は、もともと公民権運動の活動家で、やがて作家となり、フェミニストで、環境保護活動家でもある激しい人です。本作の原作小説でピューリッツァー賞を受賞してました。
ピューリッツァー賞というのは100年以上続くアメリカ文筆業界最高権威の賞で、コロンビア大学が主催したおり、報道・論説・批評・社説・速報写真・小説・詩・戯曲・伝記・音楽などの部門があるそうです。文芸・文学に関して、少なくともアメリカではノーベル文学賞に次ぐ格式の賞と言って良いと思います。
そしてキャストも、今となっては凄まじいメンツです。みんな若い!
主役のウーピー・ゴールドバーグは本作が映画初出演で出世作!『天使にラブソングを…』の人ですが、この人は渥美清みたいに他では絶対代えが効かない存在感がすでにありましたよ。
主人公の夫役ダニー・グローバーはこの後『リーサル・ウェポン』とか『プレデター2』で善い人になりますが、この頃はまだメチャクチャ悪役ですね〜。
日本ではほぼ無名のオプラ・ウィンフリー(女傑ソフィア役)。アメリカでは超絶有名人らしいです。役者として映画やTVドラマにも出ますが(本作ではアカデミー助演女優賞ノミネート!)、本業はTV司会者。スケールは百倍とか万倍違いますが、強引に日本で当てはめるとマツコ・デラックスみたいな人かと。要するにタレントとして大成功を収めた人なんですが、彼女の影響力は非常に大きく、昨今のLGBTへの偏見排除や環境整備みたいな動きはこの人から始まったらしいです。また政治的影響力も大きくてオバマ旋風の立役者の1人だそうです。
個人的にはレイ・ドーン・チョン(ハーポの恋人役)を見れたのが嬉しかった!この人、超絶可愛くないですか?シュワちゃん映画『コマンドー』のヒロイン役の人ですね。変わったお名前ですが、中国系の血筋があるそうです。ていうか、もちろん黒人の血も引いており、アメリカンインディアン、イギリス人、フランス人の血も引いているスーパーハイブリッドなんですよ。超絶可愛いはずです。そしてこの人、ハワイのホームレスだったクリス・プラット(ジュラシック・ワールドとかガーディアンズ・オブ・ギャラクシーのシリーズで主役の人)を発掘した人でもあります。なんともドラマチックな星の下に生まれて来た人ですね。
とにかくこれだけアクの強い人たちが集まって、よくぞここまで美しい映画ができたと思いますよ。
本作が話題に上がる時しばしば、エンタメ志向のヒットメーカーだったスピルバーグが、今度はアカデミー賞を取りたくて作った作品だと噂された…とかなんとか、そんなエピソードが紹介されます。しかしこのスタッフ・出演者リスト見る限り、そんな浮ついた心持ちではこの名作を作り上げることはできなかったんじゃないかと思います。
もちろんスピルバーグにも野心があったかもしれないし、プロデューサーとしての苦労も多かったかもしれませんが、もっと強力なキーパーソンが要所要所を圧倒的なパワーやプレッシャー、人脈や手練手管を駆使して障害を捩じ伏せていたのではないかと思うんです。
この映画がブロードウェイのミュージカルとなったのが公開から20年後の2005年、舞台版ミュージカルが映画化されたのが更に18年後の2023年(米)。
何か壮大なパワーが背後にあるような気がしてきましたよ…。
本作も、リメイクされたミュージカル版も素晴らしい映画なので、制作背景を勝手に妄想するのはもうやめにします。