内海の輪
劇場公開日:1971年2月10日
解説
昭和三十二年の大曽根辰保監督「顔(1957)」を手がけて以来、野村芳太郎監督の「張込み」「ゼロの焦点」、山田洋次監督の「霧の旗(1965)」など数多くの松本清張作品にとりくんできた松竹が昨年の「影の車」に次いでの映画化。この作品の原作は昭和四十一年から週刊朝日に連載小説『黒の様式』として連載されたシリーズの中からその第六話『霧笛の町』。脚本は「戦争と人間」の山田信夫と「その人は女教師」の宮内婦貴子の共同執筆。監督は「波止場女のブルース」の斎藤耕一。撮影は「青春大全集」の竹村博がそれぞれ担当。
1971年製作/103分/日本
原題または英題:Shadow of
配給:松竹
劇場公開日:1971年2月10日
ストーリー
西田美奈子二十九歳。いまは四国松山の呉服の老舗伊予屋の当主慶太郎の妻である。彼女は三ヵ月に一回上京した。半分は商用であり、半分は大学で考古学を専攻し、まもなく助教授の椅子につく江村宗三とのひそかな情事のためであった。宗三は妻の父が考古学の権威で次期学長に擬せられるという人物なので、労せずにエリートコースに乗っていた。彼は五年前の鮮烈な記憶が忘れられなかった。そのころ、美奈子は宗三の長兄寿夫の新妻だった。しかし、寿夫は水商売の女と出来ていて駈け落ち同然に、静岡きっての菓子屋の暖簾を捨てた。二人が同棲している新潟へ迎えに行く美奈子の護衛役に、まだ学生だった宗三が選ばれた。その時、愛情のない夫との訣別を決意していた美奈子は水上温泉で宗三に躰を与えた。彼女は童貞のおののきを示す宗三に、江村家への報復をこめたのかも知れない。それから三年、銀座で再会した二人は自然に求めあうように愛欲を燃え上がらせた。その時から美奈子は三ヵ月に一度上京しすでに男性機能を失っている夫の代りに宗三に抱かれるようになった。二人だけの秘密はひっそりと保たれたが、美奈子も宗三もやがてくる破綻を恐れていた。だから二人は愛欲の中にすべてを忘れようとした。やがて宗三の出張で、逢瀬は一ヵ月に短縮された。二人はしめし合わせて、一月の瀬戸内海に遊んだ。しかし、二人は伊丹空港で宗三と同窓の新聞記者長谷にバッタリ出会った。ついに二人のエゴイスティックな愛も均衡を失った。長谷は美奈子夫婦とも顔見知りであった。慶太郎にこの不倫が暴露されたら、美奈子はもちろん、宗三の輝ける将来も崩れ去るにちがいなかった。宗三はそんな犠牲を払ってまで、美奈子と心中立てする必要はないと思った。しかし、彼女から逃れることも出来そうになかった。旅の終りに選んだ蓬莱峡は奇岩が群がり立つ断崖の景勝地だった。ここで、美奈子を殺そうと宗三は心に決めた。男の微妙な心理の変化を美奈子は敏感に感じとった。宗三は美奈子を断崖に誘った。そして一突きにしようとしたが一瞬ためらった。「あたしを殺して」と美奈子はうずくまり慟哭した。愛欲の終焉が二人の愛の記憶を華麗に染め、そして消えた。