「身分制度の中の男と女の愛の情念を突き詰めた溝口芸術の素晴らしさ」近松物語 Gustav (グスタフ)さんの映画レビュー(感想・評価)
身分制度の中の男と女の愛の情念を突き詰めた溝口芸術の素晴らしさ
溝口映画のひとつの頂点を極めた傑作。映画芸術の観点では「祇園の姉妹」「西鶴一代女」に首位を譲るも、脚本・演出・演技・撮影・音楽・美術の諸要素のまとまりの完成度の点では孤高の地位に聳え立つ。それを強引に、分野が違う音楽のマーラーの交響曲で例えるならば、第6番「悲劇的」の完成度と内容に類似している。名曲の「復活」や「第9番」とは別格の完成度を構築した交響曲「悲劇的」の世界観に、溝口映画の厳しさが当て嵌まるのだ。
依田義賢の脚本が完璧である。数多くの溝口作品の脚本を手掛けた依田義賢の最高傑作であろう。身分制度に逆らう男女の立場の違いで、どのように追い詰めらていくのかを段階的に描き、愛を成就する人間暴露の真実性に到達している。茂兵衛が死ぬ覚悟で呟く愛の告白で、おさんが生きたいと翻意する場面が凄い。そこからの溝口演出の厳しさが更に増し、足を怪我したおさんを残し山を下る茂兵衛と、彼を追い掛け叱るおさんの男と女の姿。身分制度の中の男女逆転の優位性から導き出され描かれた、男と女の愛の情念の違いとズレが見事に表現されている。
長谷川一夫と香川京子の演技が素晴らしい。特に長谷川一夫はミスキャストであるにも関わらず、名演であり白眉であり魅力的である。演技論を超越した境地にある。その成果は、作品の様式美を高め、映画的な効果より日本的な舞台芸術の繊細さを堪能させてくれる。内心はきめ細かく表現は強く大胆な演技が、溝口映画で遺産となる。
改めて、宮川一夫の撮影、水谷浩の美術、早坂文雄の音楽など充実したスタッフの舞台背景と効果の素晴らしさ。すべてが溝口演出に同調し、高いレベルで完成された作品と評価したい。戦後の日本映画を代表する映画ベストには、小津の「東京物語」と溝口の「西鶴一代女」、そして、この「近松物語」を挙げたいと思う。
コメント有難うございます。
映画創成期の1911年に”第七の芸術”を提唱した世界最初の映画批評家リッチョット・カニュードは、時間の芸術(音楽、詩、舞踊)と空間の芸術(建築、彫刻、絵画)の融合が映画であると定義しました。その中で、新しく誕生した映画を(動く造形)または(空間のリズム芸術)と表現しています。サイレントの名作を僅かながら観て感銘を受けた学生の時から、その理論に共鳴して、映画感想の雑記帳のタイトルを”movie"ではなく”motion picture"としてきました。動く絵画の優れた映画は限りなく音楽に迫る、という持論を頑なに持っています。
溝口健二の作品では、「西鶴一代女」の世界観がマーラーの交響曲第9番の厭世観に近いものを感じました。溝口映画の虜になった頃、この演出力を世界の映画監督に当てはめたら誰だろうと思案したとき、ヴィスコンティの「若者のすべて」の完全版が公開されました。ヴィスコンティを介して溝口とマーラーが結び付いた訳です。映画好きの妄想ですが、良い映画を観たときには、音楽で譬(たと)えて称賛したい欲求に駆られる性分、と自覚しています。
マーラー作品と対比しての話、すごく分かりやすく同感で、感謝です!^ ^ m(_ _)m
今度、黒澤監督の「七人の侍」にも是非、コメントお願い致します。m(_ _)m