「原作を知っていて、文楽を観ていたとしても、さらにその上をいく映像を作り出しています」近松物語 あき240さんの映画レビュー(感想・評価)
原作を知っていて、文楽を観ていたとしても、さらにその上をいく映像を作り出しています
腰抜けました
中盤からは強烈に心をわしづかみにされてしまいました
茶屋から逃げ出したにもかかわらず、倒れたおさんににじり寄り抱き合ってしまうシーン
おさんの実家の庭で再会して抱き合うシーン
心が熱くなり震えるとはこのことです
物語は300年近い昔の実話です
当時の一大スキャンダルですから、それを事件の三年後に人気作家の井原西鶴が実録小説化します
これが大ベストセラーになったので、さらにその小説の30年後に近松門左衛門が今度は文楽として上演します
今ならベストセラー小説の映画化みたいな流れです
当然、文楽用にこのとき西鶴の原作をかなり脚色しています
本作は題名にある通り、近松の文楽の脚本の方を原作にしています
なので本作は西鶴からすると250年後の2度目の映画化みたいなものです
というか、近松門左衛門の文楽のリメイク版というべきでしょうか
それともアニメの実写版に相当すると言うべきでしょうか
不倫はしてはいけない
こんなことは誰でも思っています
まして不倫が死刑の江戸時代なら固く固く自分に言い聞かせているはずです
しかし誰もがそう思っていても、そこは男女ですから、好意は芽生えてしまいます
それは心の底のことで表面にはでて来ません
そのまま忙しい日常の中で、いつしか忘れ去られてしまうものです
それがふとした弾みからあれよあれよという間に
花火のように火花を発して燃え上がってしまう
断ち切ろうとする想いが、蜘蛛の糸に絡み取られたか蟻地獄にはまったかのように、もがけばもがくほど忘れられなくなるのです
甘美な熱情が理性を失わせるのです
体をしびれさせる毒をあおったようなものです
だから誰にでも突然起こるかも知れないのです
だからこの物語は古今も洋の東西も問わず、普遍性のあるものなのです
それ故に誰もが胸が震える共感を呼ぶのだと思います
この男女の心の機微、原作の物語の巧みさを溝口監督は文楽の世界、つまり人形浄瑠璃という人形劇を、肉体を持つ俳優を使い、実物大のセットとロケ撮影で、想像で補完している文楽の世界を、観客の想像イメージ以上の高いレベルで具象化してみせています
原作を知っていて、文楽を観ていたとしても、さらにその上をいく映像を作り出しているのです
琵琶湖の湖水を夜霧の中を二人の小舟が進むシーンは雨月物語のそれを上回る映像美です
そして肝心の不倫のタブーを乗り越えてしまう、しかしそれもむべないことだと私達観客を納得させてしまう配役が長谷川一夫と香川京子なのです
進藤栄太郎、浪花千栄子もまた名演でした
溝口監督の感情表現演出の素晴らしさ、驚嘆すべき美意識が炸裂していると言えます