「しとやかな獣とは、高度成長して繁栄していくように一見見える日本人そのものの事」しとやかな獣 あき240さんの映画レビュー(感想・評価)
しとやかな獣とは、高度成長して繁栄していくように一見見える日本人そのものの事
しとやかとは、振る舞いや話し方などが落ち着いていて品があること
題名は、つまり獣がそんなフリをしているということ
それが本作の内容です
5階建て公団団地の4階の2DK
ベランダ側から撮影するとまるでその二部屋が舞台のように見通される
殆ど全てがその2DKと玄関前と階段だけで物語は進行します
劇中に流れる音楽はテレビのゴーゴー音楽以外は能の謡曲です
つまり本作は映画の形式の舞台劇なのです
カメラは狭い2DKの壁を避けて、浴室の半ドア越しに、居間の天窓越しに、時には天井からや、足元からの視点で撮影されます
それにより私達はその部屋の窮屈さを実感するのです
舞台装置の奥行きを感じ取れるのです
普通の映画のような壁を取り払って撮影される空間の広がりはないのです
階段はまるで歌舞伎座の花道のように時に真っ直ぐに長く伸びています
そんな階段の団地なんてあるわけがありません
その階段を独白しながら登場人物が退場したり、入場したりしてくるのです
そしてすれ違っていても互いに気付かない、空間は同じ画面でも時間が異なるという見事な演出までしてみせます
このような独創的な舞台と演出手法の中で、俳優達がまた恐ろしい程の名演技を繰り広げていくのです
なんと野心的で、実験的で冒険的で、それでいて娯楽性を失っていないのです
川島雄三監督の恐ろしいまでの才能を感じます
この時代の日本映画のレベルの高さには本当に驚かされます
ラストシーン
手前に荒涼とした埋め立て地の光景があり、その向こうに舞台の団地が広がっています
これが本作のテーマで、題名の理由です
あの団地の生活は当時では近代的な最先端の暮らしなのです
でもその本当の姿は手前の荒涼とした埋め立て地なのです
それが戦後の繁栄の姿なのです
しとやかな獣とは、高度成長して繁栄していくように一見見える日本人そのものの事だったのです