激動の昭和史 軍閥のレビュー・感想・評価
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戦争はダメ
今の時代に生まれて良かったと再認識させてもらった ただ、国民不在の政治の世界では今でも同じようなことが繰り返されていないだろうかと思ってしまう 今後、憲法改正や自衛隊が軍隊になっていけば映画と同じような時代にならないか心配 この映画が全て正しいと思わないが、あの時代、尊いいのちが奪われた事実は消せない 多くの国民が犠牲になったことは消せない 加山雄三が特攻隊に責められるシーンが心に残った そこに凝縮されていると言っても過言で無いと思う 亡くなられた俳優がたくさん出演していて、それも若々しく 次の世代の人が見るときはみんな知らない役者さんばかりになるのだろうな
教科書にもなろうか?、
2・26からの開戦、そして終戦までの経緯のストーリー。
当時の国の動き、人の動きもわかるし開戦当初の勝利に盛り上がる状況、それから悪化する戦況を報じる新聞社の苦悩なども描かれてる。
いろんな人が出てきてその思惑もあって、戦場のシーンもあって、時間もたっぷりあって充実していたと思う。
後半の、戦地での将校が自決するシーンでは、どうも芝居がちゃちいというかわざとらしいというか、あまりにもお粗末で、そこはどうにかならなかったものか、と(笑)
それでも、当時の東京で軍服を着てあれこれ言ってる連中には、実際におまえら自身が南方の島々に行って戦ってきてみろ、と言いたくなるくらいの無責任で無謀な言い分に、あきれもするし腹ただしくもなる。
そんな当時の空虚に息巻く政治家や軍のおエライさんらのせいでどれだけの若い人たちが命を失ったか。
軍閥はマスコミに憑依して現代にまで生き残っているのです 軍閥化した無責任なマスコミこそ、日本をまた戦争に追いやるのです
軍閥とは、軍隊の首脳部が軍隊に付与された特権と兵を掌握する実力を背景にして、政府や議会に対して独立した強大な政治的勢力のこと
つまりシビリアンコントロールの首輪を外された状況にある軍隊のこと
本作はその軍閥に戦前の日本が牛耳られて、無謀な対米戦を起こし国を滅ぼしてしまうまでを、主に東条英機を中心にして描いた映画です
明治維新以降の戦前の全期間が軍閥に牛耳られていたのでしょうか?
そうではないと思います
薩長の軍閥とよく言われますが、それは出身地による人事派閥のような意味合いであり、本作で言う政治勢力としての軍閥とは異なると思います
日清、日露、第一次大戦までは、確実に政府のコントロール下にあったように思います
それが何故、首輪を外された狂犬のようになったのか?
それは本作では語られません
何故、無謀な対米戦にのめり込んだのか?
それも本作では語られているようで、そうではありません
しかし、21世紀に生きる人間の目で、軍閥の彼らが憤激し、何と戦おうとしていたのか?
その精神構造を理解しうるものか?
そのような覚めた目で観てしまうのです
これは攘夷だったのだ
そのように見えました
幕末の尊皇攘夷を唱え、血気にはやる浪人達にそっくりだと思いました
太平洋戦争とは結局のところ、下関戦争、薩英戦争を国家規模で、巨大な再現をしてしまった戦争だったのです
侍、武士のプライドが彼らの精神構造の根底に刷り込まれていることを感じます
つまり明治維新は終結していなかった
攘夷の時代錯誤の心情は、軍隊の中にくすぶっていたのです
軍隊の中だけ?
違うと思います
日本国民全てがです
だから新聞は軍隊を持て囃したのです
戦争を煽りたてたのです
太平洋戦争に敗北したとき、初めて日本人は尊皇攘夷が破綻したことを、本当に無理だと理解しえたのだと思います
だから敗戦によって、遂に明治維新は完結したのだと言えるのではないでしょうか?
そう考えると、戦後の日本人がなぜ新憲法で軍備自体を廃絶するという、また無謀で空想的な体制にしてしまったのか、初めて理解できたように思いました
軍隊はもうごめんだ、それだけはなく、
攘夷に敗れたのだから、軍隊はもう要らない
そう自然に考えたのだと思うのです
小林桂樹の東条英機は、記録映像そっくりです
有能であればあるほど、実は無能
そんな人間が組織の最高部に押し上げられてしまう
日本人の作る組織の根本的な欠陥が活写されています
当時の日本のベストオブベストの人々がこうなってしまう
その恐ろしさは、今の日本人にも受け継がれています
千年に一度の津波に備えることを軽視して、日本を文字通り破滅の淵に落としかけた原発事故でも再現されています
その事故が起こった時の対応は、サイパン失陥の時と同じ無様さを呈していたではありませんか
ガダルカナルの戦いに敗北しての撤退を、転進と言葉を誤魔化すやり方
自分にも経験があります
会社が業績不振に陥って、営業拠点を幾つか閉鎖しなければならなくなり、その閉鎖稟議を書いたところ、その文言を変えさられました
曰わく、閉鎖を、営業休止と書けと
この精神構造は、疑いなく今の日本人にも継承されています
肝に銘じなければなりません
軍閥とは何か?
何故、軍閥が政治的勢力となって野放しになったのか?
「勝てる戦争何故やらぬ!」と戦争を煽ったのは、戦前のマスコミです
彼らを増長させ、結果として政府のコントロールが効かない状態にしたのはマスコミにも責任があるはずです
新聞は事実を伝えるだけが役割です
新聞が勝手な主張をすることが、結果的に日本を戦争においやったのです
負け戦になって事実を少しだけ報道したといって胸を張られても噴飯ものです
負ける為に俺は死んでやるのだ!
特攻隊員が、加山雄三が演じる新聞記者にこう言い放ちます
この台詞を聴いてハッとしました
特攻隊員は、自爆突入に成功したとしてもそれで日本が勝てるなど信じられなかったはずです
少しは敵の侵攻を遅らせることができるだろうくらいしか期待出来ないことは分かっていたはずです
それでも特攻に出撃していくのは何故か
何人も、何百人も、特攻して死んでいくことで、権力を持つ人間に敗北を決意させる為だったのです
いくら死んだら敗北を認める事が出来るのか?
それを問う為に死んでいったのだと、その台詞で初めて腑に落ちました
そして戦後
マスコミが戦前では戦争に追い立てたように今度は空想的な平和主義で、防衛の手足を縛り付けているのです
それは、かえって日本を戦争に巻き込ませることです
同じことをマスコミは、またやろうとしているのです
だから事実を報道しないマスコミには存在意義はないのです
まして、マスコミ自身の勝手な思想信条で事実に角度をつけて報道し、世論をミスリードしようとする姿勢は、国民を戦争に追いやることと同じです
ましてや捏造してまでそれをやろうとするやり口は国民への裏切りです
そんなマスコミは21世紀にいまだに存在します
軍閥はマスコミに憑依して現代にまで生き残っているのです
軍閥化した無責任なマスコミこそ、日本をまた戦争に追いやるのです
彼らマスコミは、マスメディアによる言論という権力を持っているにも関わらず、政治家のように選挙で国民による審判をうけないのです
自由に言論という権力を自由に、そして恣意的に行使できる存在なのです
それこそ軍閥ではないでしょうか
本作はあくまで映画です
製作者の意図、政治的思想信条に左右された内容になって当然です
堀川弘通監督は、「世田谷・九条の会」呼びかけ人だそうです
それでも、このようなことを様々に考えさせてくれた映画でした
観る値打ちはあります
意外と普通のヒトであった東條英機A級戦犯
映画として面白いかと言えば否であるが、太平洋戦争史を知る上では良くまとまっており分かりやすかった。特に、政敵を最前線に送りつけるなどしてまで戦争に突き進んだ狂信的独裁者のイメージが強い東條英樹の真実らしい姿が描かれており、興味深かった。
東條は何より天皇には絶対忠誠ということで、だからこそ、木戸幸一が天皇に推挙し総理大臣に任命されたことは、史実らしいが、知らなかった。気に入らない記事を書いた新聞記者は戦地に送り、和平を提案する部下は即職権剥奪することも丁寧に描かれていた。そして、その姿は、今でも普通にいそうなワンマン社長や人事権濫用の長官の様でもあった。
陸軍の大陸利権を絶対視していたのに、天皇から外交優先を言われれば即それに従う、つまり、自分の頭で真剣に日本人民全体の国益を考えたこともない凡庸な人物であることが、良く理解できた。また、海軍と異なり、陸軍全体の米英への無知に基づく過信も良く描かれていた。さらに怖いことに、政治的制度上、陸軍と海軍を束ねる存在が空白であり、そのため、対立や無責任が発生したことも良く分かった。
真実の情報を国民から隠す政府、それを暴こうともせず戦意高揚を煽る多くのマスコミの姿もまた、力を込めて描かれており、現在との相同性を感じてしまった。
究極的には、何故理性的には勝てない米国と戦争をする羽目になったのか、何故原爆を2つも落とされるまで降伏ができなかったのかも、この映画を通して、多少は明らかになった気がした。
実は走馬灯の如き短い時代
226から敗戦までの9年間早送りのため「日本の一番長い日」や「沖縄決戦」に比べ大味なのは否めず。他の映画からの使い回しも多く、8.15でなんか作らないといけないから…といったやっつけ感も少々。ただそのおかげで雪の中の蜂起から本土が焦土と化すまであっという間だったことを実感できる(ちょうど東日本大震災から今日までとほぼ同じ)。日本がなぜこんな理不尽な大戦争をしかけたのかいまだに腑に落ちないが、一等国入りのため多くの犠牲を払って手に入れた領土を今さら手放せないという切迫感と、当時の日本でズバ抜けた高い知力を持つはずの高級参謀達にいつのまにか浸透した楽観主義がそうさせたのかなという気がする。何せ日本海海戦以来、大幅に戦力劣勢でもラッキーパンチ当たりまくりだからなあ。(ノモンハンでなぜ冷静にならなかったのかな)。最近は評価が見直されているようだが、国民絶賛の山本五十六に比べ東條英機の独善性や直情径行さが強調されていて幾分気の毒な気も。最後は全責任を無理やり負わされた感じ。また天皇と政府を取り持つ内大臣という機能に日本固有の間接話法多用による胡散臭さを感じた。
進み出したら止まらない。
東宝8.15シリーズ第4作。
「激動の昭和史」シリーズ第1作。
Amazonプライム・ビデオで鑑賞。
二・二六事件から始まった激動の歴史を、政府内における陸軍と海軍の軍閥争いによる政治的波乱、日本国民を戦争気分へと駆り立てたメディアの姿を両軸にして描き出した戦記大作。
劣勢になっても尚真実を隠蔽し続けた政府。大本営発表を嘘と知りながら、それを“真実”として報道していたメディア。進み出したら、もう誰にも止められない―。行く末を見失い、まさに泥沼…。その矢先に投下された原子爆弾のシーンで終幕するだなんて、めちゃくちゃ衝撃的でした。暴走を続けた果てに待っていたものの大きさに戦慄しました。
【余談】
三船敏郎、何度目の山本五十六か?(笑)
新聞が事実を隠すようになったら日本はお終い
二・二六事件から駆け足で流れ、日米開戦するかどうかの議論が最初のテーマとなっていて、陸軍・海軍との対立、東条英機の台頭が描かれていた前半。外交交渉のアメリカの条件が仏印、東南アジア、中国からの撤退であったため、陸軍としては譲れない選択肢。ここでの状況はアメリカ戦がまだ消極的な軍人が多かったことがわかる。
一旦突き進んだらもう戻れない。すでに軍事独裁の政府内部。真珠湾攻撃からわずかの期間でミッドウェー敗戦となっていたのに、大本営は嘘をつきとおすように変貌し、新聞社も事実隠ぺいに協力していく・・・。
サイパン陥落のあたりでようやく新聞記者が立ち上がり真実を報道しようと変わるが、逆に特攻隊生き残りからは罵倒されるといったシーンが印象に残る。軍人も新聞も同じ!国民に好戦的な感情を植え付け、戦場に駆り出したのはどこのどいつだ?加山雄三演ずる新井五郎が非難の的となる。
“懲罰招集”なるものがあって、反戦記事を書いた新井がそのため招集。それも招集権を握っていた東条英機の仕打ちだったのだ。
なんとなく、つい今の政治状況と見比べてしまうが、政治の体質なんて全く変わってない。いざとなれば内閣総辞職して責任逃れをすればいいだけ・・・再現フィルムっぽい作りには感情移入さえできないのですが、この加山雄三の置かれた立場だけは虚しく映った。為政者は常に“正義”という言葉を使うので要注意!ということもわかった。“正義”は要注意なのです。
新聞記者とペンの責任
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