AKIRAのレビュー・感想・評価
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AKIRAそして鉄雄
《全能の破壊力を持つ》存在なのか?未来なのか?
1988年。
原作・脚本・監督は大友克洋。
「ジャパニーズ・アニメ」として「日本アニメの世界的ブーム」の
火付け役となった、とのことです。
海外での評価はSF映画の古典とされている。
私が注目した点のひとつは、その反社会的反抗心。
既存の社会秩序を壊す存在としてAKIRAを描いた映画である点だ。
1988年7月16日、関東地方で「新型爆弾」が炸裂した。
そして第三次世界大戦後のネオ東京。
2019年の新首都「ネオ東京」は、反政府ゲリラと軍(アーミー)の
衝突が続いていた。
オートバイで暴走を繰り返すグループ「ナンバーズ」の一人・鉄雄は、
事故をキッカケに内なる能力が覚醒する。
そんな超能力者・鉄雄に目を付けた軍(アーミー)は、
鉄雄をAKIRAと並ぶ能力を秘めた実験体として管理下に置こうとする。
しかし鉄雄は病院を脱走して次々と人を襲うようになる。
もう元の人格は消えて人間兵器に成り果てている。
そんな鉄雄は2020年東京オリンピック会場の地下に向かい
AKIRAの封印を解く。
《ここが見どころなのです》
そこにあったのは分析のためにバラバラに分解されたホルマリン漬けの
臓器だった。
《ショックでした》
AKIRAはイケメンの美青年か?美少年だと思い込んでたもの。
また《2020年が2回目の東京オリンピックだ》ってことは、
誰が予知してたのだろう?
駆けつけた軍の敷島大佐は『SOL』によるレーザー照射を行う。
それによって鉄雄は右手を失う。
(ちなみにSOLとは対地攻撃用静止衛星型のレーザー兵器のこと)
鉄雄は肥大する能力のために身体のコントロールを失い、
鉄雄は膨れて溶ける肉の醜い塊となり怪物へと変容する。
しかし鉄雄の能力は凄まじかった。
ビルを一瞬で破壊し、人を一撃で殺してなんの後悔も感じない。
危険な破壊王だった。
そして遂にAKIRAとナンバーズは鉄雄を宇宙の果てに追放する。
しかしネオ東京を飲み込んだ《光の球体》全てを吸い込む爆風が起こり
ネオ東京は完全に崩壊する。
しかし瓦礫の山の中でも生き延びたゲイ・甲斐・金田は
バイクを疾走して嵐が去ったネオ東京を走り去って行くのだった。
人間の行き着く果ては《デストピア》
という虚無的な思想を感じます。
またバイク愛が強烈で人間よりバイクを愛してる。
鉄雄は宇宙の果てに追放されたが、目に見えないAKIRAが
どうなったのか分からないのだった。
普通の夜景に興味はないが、AKIRAの夜景は大好物!
マスターピース
20年ほど前から過去複数回観ています。
残念ながら劇場での視聴が一度もないので、人生で一度は映画館で観たいと思っています。
近未来の日本が舞台で、混沌を極めています。
珍走団の少年が主人公で、序盤は他人に迷惑をかける自己中なクソガキにイライラさせられっぱなしでした。
でも、考えてみれば世が世なので、未成年者が自暴自棄になるのは当然だよな、と今では思います。
珍走団同士の抗争では暴力的な描写があり、『もののけ姫』のCMを初めて見た時と同様の衝撃がありました。
同時に場面としては一瞬ですが、女の子に乱暴をする描写があり、初めて見た時気分が悪くなりました。
序盤から中盤に掛け、それらの人と人の争いがいかにちっぽけなものだと言うことに気付かされ、主人公金田の友人である鉄雄に異変が起こり始めた頃には、この惑星の存続に関わる大きな危機に気が付きます。
タイトル『AKIRA』は、鍵を握る人物の名前ですが、当の本人が登場するのは2時間のうち1分もありません。にも関わらず、その存在感、インパクトは他の追随を許しません。
クライマックスからエンドロールまでの魅せ方も完璧です。ゾクゾクするテーマ曲を始めとする音楽は言わずもがな。文句のつけどころは尺の長さくらいなものです。
ネトフリだと(日本語のみですが)字幕付きで観られます。大音量、大画面で是非お楽しみください!
道標
今の時代の人間が観ても、正当な評価は下せない…
というのはそうなのかもしれないが、
とはいえ今の時代の人間が今の時代の教材とすることはできる。
エンタメ界に未だにはびこっている、
「一番すごいなら、一番面白いはずだ」と主張する困った自信家たち。
アマチュアならともかくプロの企画職にもかなりいてしまう。
こういった適性の乏しい者を入り口で排除する、またはチュートリアルで矯正する構造を構築できなかったことが、エンタメ界のボトルネックとなっていることは間違いない。日本だけに限った話ではなく、全世界的に存在しているクリエイティブ界・プロデュース界の「お悩み」だが。
で、そういう「一番すごいなら、一番面白いはずだ」という教徒にとりあえず見せたい作品として、現代でも非常に意義があると思う。
本作はすごい。
その作画のすごさは、世界を獲る気概にあふれている。
だが、本作が「面白い」という評判は、リアタイ勢に尋ねても不自然なほどに口から出てこない。
致命的なのは二つの点に絞れるだろう。
一つは目、脚本と紐付くキャラクター性。全員が、一過性でしかなかった無軌道な昭和の若者バリバリであり、時代のふるいを超えられる人間性が描けていない。そういったイキりをかっこいいものとして描いており、現代人からすると辛い。現代で言うなら、煽り運転を「エネルギッシュで怖い物知らずでかっこいい」という具合でキャラクターたちに当てはめている。
同時代の作品で考えても、「昭和の人間」ではなく「人間」を描いて時代のふるいに残り続けている作品は(もっと低予算でも)多く存在しており、それらに対して脚本のセンスで大きく負けてしまっている。
二つ目は、「すごい作画」にしても力点のミスである。背景やアクションは滅茶苦茶すごいのだが、人物のビジュアルは全然力をいれていないレベルであり、かっこよくない・かわいくない。とくに、女性キャラクターたちが男性キャラクターたちとほぼ変わらないビジュアルというのは、いくらなんでも力の入れ方にミス(修正できない妙なこだわり)がありすぎる。
結果、技術力の誇示が続くスーパームービーだが、それが押し出されすぎており、「どうだ、すごいだろう!すごい映像が見れて楽しいだろう!」であり、観客を「楽しませようとする」ことに付いては低次元というのが伝わってきてしまうパッケージングに留まる。
全体としてすごいのは疑いようがない。
しかし、すごいからといって面白いとは限らない、というのをここまで明確に示してくれる作品も、またとない。
とてつもない熱量を持ったアニメ
音楽、作画、セリフ、世界観、ストーリー、全てに圧倒され、結果十数回観る羽目に…(笑)
漫画も読みましたが、私はアニメの方が良かったです。ミヤコ様が〜カオリが〜という意見も凄くわかりますが、それでもアニメ版が好きです。
ネオ東京を舞台に「アキラ」を巡る壮大なストーリー。このネオ東京のディストピアっぷりがたまらない!超高層ビル、眩いネオン、暴動、暴走族、少年達がたむろする怪しい飲み屋、退廃的な雰囲気を満載した世界観が素晴らしい。
各キャラクターのセリフがいちいち格好良い!全てのセリフが名言だと言っても良い位、声優の熱が伝わってきます。特に有名な「金田ぁー!」「さんをつけろよ!デコ助野郎!」は何度観てもシビレます。作画や声優の熱演により、キャラクター達が凄く活き活きしています。
ストーリーに関しては初見ではよくわからないかも知れません。とりあえず細かい事は気にせず、この世界観にどっぷりと浸りましょう。ラストの圧倒的カタストロフィは筆舌に尽くしがたく、このアニメが永遠に語り継がれるものであることを証明しています。
先祖返り
思えばレビュー書いてなかったので今さらレビュー。劇場公開時今は無き梅田三番街シネマにて鑑賞。原作は未読。緻密なまでの手書きアニメーションに当時は圧倒された。いま見直してもその映像に古さは感じられない。
ストーリー自体はまさに先祖返りと書いたように遺伝子のお話。宇宙から生まれた地球。地球から生まれた人類。当然人類には宇宙の遺伝子が引き継がれており、稀にその遺伝子が発動して先祖返りのごとく人類が宇宙に進化してしまうというお話。
ケイと金田の遺伝子についての会話、博士の宇宙が生まれたのかというセリフ、ラストのビッグバンの映像に僕はてつおというセリフがかぶることから簡単に理解できると思うが、当時は意味が分からないという意見が私の周りでは多かった。
映像自体は素晴らしいがストーリーはかなり単純なもの。本作はストーリーを楽しむというよりは映像を見て感覚的に堪能する作品だと思う。ちなみに本作よりも同時期に公開された安彦良和氏の「ヴィナス戦記」の方にはまってしまった私。
正義と科学が結びついた業の果てしなさ
第三次世界大戦後、荒廃したネオ東京を舞台に、新しい人類の進化を統治に利用しようとする軍部の極秘研究に、不良少年のカネダとテツオがたまたま巻き込まれてしまう物語。
本作を数十年ぶりに観たが、その完成度やメッセージの多層性と深耕度合い、驚異的な映像美など、とにかく度肝を抜かれた。映画評を言葉で記録するという行為(つまりこのブログ)自体が無粋と自認していたものの、ここ数年で最もそれを強く感じてしまった作品。
本作の劇場公開が1988年ということを鑑みると、アニメーションに限らず、後の映画製作全体与えた影響は計り知れない。例えば本編ではたった数秒たらずのカナダのバイクシーンでさえ、そのオマージュをYouTubeで検索すると、わんさか出てくる。本作に影響を受けたと公言する世界的映画監督はゴマンといて、さながら音楽界のビートルズ、バスケット界のマイケル・ジョーダンのような存在である。
言葉で感想を書き連ねることが無粋であり、加えて、もはや論評し尽くされた名作である点を承知で敢えてひとつ、本作で興味深かった点を記録しておくとすれば、正義と科学が結びついた業の果てしなさ、であろう。
人類の歴史はそのまま暴力の歴史と言って良いくらい、地球上には争いが満ちている。時代を経るごとにその数自体は減っているが、なくなることはない。暴力といえど、そこにはそれぞれに守るべき正義があって、正義の名のもとに暴力は正当化される。科学は良きにせよ悪しきにせよ、正義の庇護のもとで暴力を増大させる方法を編み出し発展し、それによって正義がまた肥大化するという永久機関のような、戦争のメカニズムたる共犯関係が生まれる。AKIRAとは、そうした暴力と科学の業の名前であり、本作はその業を終わらせる、また別な観念の現出を描いた作品である。
実写では表現できない芸術
ChatGPTと重ねてみれる
世界観凄かった
カオリの扱い方に不満。ネタバレあります
カオリの扱い方に不満を感じる。
平成最初の年に昭和の男目線な世界観を描いた話だ。
アキラは石棺に覆われた『チェルノブイリ原発』と見た。因みに事故は1986年におきた。
この映画中で、唯一の犠牲者はカオリだと思う。そして、今でも荒廃した社会が続いているのは、カオリの死に付いて疑問すら持てないでいるからだと僕は思っている。このアニメは名作であっても、昭和の臭いしかしない。何回見ても、カオリの扱い方に不満が残る。
また、東京オリンピックの件で、未来を言い当てていると、レビューしている方もいると思うが、このアニメで作られた社会は概ね逆になっていると思う。つまり、登場するキャラクターは、おもてむきには、現代の日本に存在しない。
宗教観、軍隊、暴力、国家観、全ては表向きに存在しない。寧ろそう言ったものが日本では否定されている。但し、世界へ目を向ければ、全て『こうなっている』と言えるかもしれない。そして、それが今の世界観なのかもしれない。
このオカルト感は平井和正先生と石ノ森章太郎先生の『幻魔大戦』だと思う。今ではあまり扱わなくなったが、最近の震災を描いたアニメーションが、しばらくぶりにそれを復活させた。僕はそれを斬新な表現とは思えなかった。『古いなぁ』と思った。
映像や技術はすごい
芸能山城組
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